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もう一人の騎士

遅くなりました! お待たせしてごめんなさい

 未だ意識を失ったまま、重なり合い倒れているミルドと、その部下である騎士の二人。


 ラズリは二人の所へ向かう奏の後をついて行きながら、まだ意識がないのにどうするつもりなんだろう? と疑問に思っていた。


 先程の奏の口振りによると、ラズリの住んでいた村に火を点けたのは、どうやら彼等であるらしいが。


 出火したタイミングとその激しさから、今回の火事が事故でないことは明らかなため、そこから推測したのかもしれない。


 何にせよ、理由が分かるのはありがたいことだった。でなければ、死んでしまった村の皆が報われないから。


 ミルド達に近付くにつれ、緊張で心臓の鼓動が大きくなっていく。


 奏が一緒にいてくれるから大丈夫だと思うけれども、彼等に捕まえられた時の嫌な感じが忘れられず、どうしても身体が強張ってしまう。


 ミルド達のすぐ側で足を止めた奏の斜め後ろで立ち止まると、ラズリはそっと彼の服の裾を掴んだ。


「……大丈夫だ、ラズリは俺が守るから。安心して見てろって」


 まるで不安を払拭するかのように、奏が優しい笑みを向けてくる。


 やっぱり彼は優しい。


 そう思ってラズリが少しだけ微笑んで見せると、彼は安心したように頷いてからミルド達へと向き直り、徐に片足を振り上げた。


 綺麗に真っ直ぐ、高々と上げられた足を見て、ラズリはつい感心してしまう。身体バランスが恐ろしく良い。


 そうして、ラズリが見惚れるかのように見つめていると、奏はミルドの背中に向かい、勢い良くその足を振り下ろした!


「ぐえっ!」


 背中を思い切り強く踏み付けられたミルドの体はそり返り、反射的に情けない声が口から漏れる。


 痛そう……。


 そんな状況を目の当たりにしたラズリの感想はそんなもので。


 普段であれば、酷いとか可哀想とか思ったかもしれないが、今のラズリのミルド達に対する心境は、とても同情などできるものではなかったから、それ以外はなんとも思わなかった。


 それどころか、あれだけ衝撃を与えられても意識を取り戻さないのね……などと考えてしまう始末。


 流石に自分でも、ちょっと酷いかもしれないとは思ったが、だからといって他に感じることもなかったため、ラズリは気になった別のことを奏に尋ねた。


「まさか死んでないわよね?」


 生きていてほしいとも思わないが、死なれたら彼等の行動理由が分からなくなってしまうし、寝覚めも悪い。


 だから聞いただけだったのだが、それを聞いた刹那、奏の眉間に深い皺が寄った。


「気になるのか?」

「あのね、私は別にそういう意味で言ったわけじゃ……あっ!」


 誤解だと説明しようとしたラズリの目の前で、突如ミルドの体が動いた。


 否、正しくはミルドの体ではない。ミルドの下敷きになって倒れていた男が動いたのだ。


「おっ。起きたか?」


 それに気付いた奏がラズリを庇うように立ち、意識を取り戻した騎士へと声をかける。


 どうして踏まれていない方の人が起きるんだろう? とラズリは疑問に思ったが、意識を取り戻したなら別にどっちでもいいか、と思い直し、ミルドの下から這い出てくる男をじっと見つめた。


 実際ミルドはかなり強く踏みつけられており、そのせいで一瞬意識を取り戻しはしたものの、身体的ダメージにより再び意識を飛ばしていたのだが、そんなことにラズリが気付けるわけもなく。


 ミルドの下敷きになっていた騎士は逆に、上に乗っていたミルドの体に衝撃が加えられた事により、それが刺激となって意識を取り戻したというわけだった。


 騎士の男は未だ気を失ったままのミルドの体を横にどかし起き上がると、兜を着けた頭を軽く振る。


 それからゆっくりとした動作で顔を上げると、奏とラズリの方へと視線を向けてきた。


「起きたか? って、俺は別に寝てたわけじゃねぇよ。吹っ飛んできた隊長のせいで気を失ってただけだ」


 全くいい迷惑だぜ。


 倒れた時に歪みでもしたのか、男は乱暴な動作で兜を外し、投げ捨てる。


「取り敢えずこれがあって助かったが、やっぱこんな安物じゃ大して役に立たねぇな。精々悪さする時に顔バレせずに済む程度のもんか」


 その際に呟かれた声にふと聞き覚えがある気がして、ラズリはビクリと身を竦ませた。


「あなた、もしかして……」


 嫌な記憶に身を震わせながら、恐る恐る声をかける。


 あの時は兜で顔が見えなかったが、近距離で声を聞いたのだ。恐らく間違ってはいないだろう。


 この騎士の男は、ミルドと共に自分を村から連れ出した男に違いない。


 突如自分を捕まえ、馬の上へと置き去りにした男。


「ああ? んだよ、そういやなんでお前逃げ出してんだ? 俺の苦労が水の泡じゃねぇか」


 やっぱりだ。


 男の言葉に、ラズリは確信を得る。


 苦労が水の泡と言うほど、男が何かをしたとは思えないが。


 ラズリの知っている範囲で言えば、村の中を歩いていたラズリを抱きかかえて村から連れ出し、馬の上に乗せたことぐらいだ。


 その程度のことを苦労と言うならば、この男は余程甘えた環境で生きてきたのだろう。


 そして、そんな男に捕まった自分も。


 幾ら突然の出来事であったとはいえ、あまりにも易々と捕まった自分を恥ずかしく思い、ラズリは唇を噛み締める。


「……大丈夫だって」


 だが不意に、ぽんと優しく頭に手がのせられた。


「これまでずっと何事もなく平和に暮らして来たのに、突然悪い奴が来たからって対応できるわけないだろ。ラズリは何も悪くないし、恥ずかしいことなんて一つもない。悪いのは……油断してた俺だから」


 一瞬、そう言った奏の赤い瞳が悲し気に歪められた気がして。


「奏?」


 思わず名前を呼んだけれど、すぐさま視線を逸らされた。


 そのまま何事もなかったかのように、奏は騎士へと再び目を向け、口を開く。


「さて……お前には、幾つか聞きたいことがある」

「俺が素直に話すと思うか?」


 奏の言葉に騎士の男は剣を構え、殺気を剥き出しにする。


 しかし奏は、やれやれとばかりに肩を竦めるだけ。


「そんなもん出したところで、俺には通用しないって分からないのか? 無能は早死にするぞ」


 呆れたように紡がれた奏の言葉に、騎士の男は激昂して大声をあげた。


「うるせぇっ! 俺様を無能と言うな!」

「俺様ねぇ……はっ、偉そうに」


 男を馬鹿にしたように微笑い、奏が両手を広げる。


「だったら好きにやってみればいい。俺は親切だから、魔性と人間の格の違いを無能なお前に教えてやるよ」


 武器も何も持たず、ただ無防備に両手を広げて。


 残忍な笑みを湛えた奏の態度は、どこまでも尊大だった──。





 

 

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