複雑な気持ち
ようやくアルファポリスで書いてたものと内容が揃いました(^^)
「えっ……できるの!?」
っていうか、簡単に!?
あまりにも奏があっさり言うものだから、ラズリは一瞬、彼が言った言葉の意味を理解する事ができなかった。
既に炎は村の全てを呑み込んでしまい、周囲の森にまでその食指を伸ばそうとし始めている。
まだ炎が小さい段階であったならまだしも、ここまで大きくなった状態で、どうしてそんなにもアッサリとした物言いができるのか。奏がどれ程の能力を持っているのかは知らないが、どう考えても楽観視し過ぎているとしか思えない。
大体、そんなにも簡単に炎を消す事ができるなら、村が呑み込まれる前に消火して欲しかった。奏が姿を現した時点で火を消してくれていたなら、村人全員が死ぬ事はなかったかもしれないのに。
……分かってる。そんな事は今更だ。
村が炎に焼かれていた時、気を失っていた自分に言う権利などない。ましてや自分には、火を消す事すら出来はしないのだ。
奏は何も悪くない。それだけは確かだ。
でも、どうしても考えてしまう。
火を消す能力があったのなら、どうしてもっと早く──と。
けれど流石にそれを口にするわけにはいかなくて、ラズリは強く唇を噛んだ。だが皮肉にも、その仕草によって考えている事が奏に伝わってしまったらしい。
不意に彼の手が頭にのせられ、不思議に思って顔を上げると、申し訳なさそうな赤い瞳と目があった。
「悪いな……。お前の言いたい事は分かる。けど俺の場合火を消す事はできても、同時に全て無くなっちまうから、安易な事はできなかった」
「どういうこと?」
理解できずに聞き返す。すると彼は呟くように「見てれば分かる」と言った後、炎に向かって右手を振り翳した。刹那、周囲が眩しい程の赤い光に包み込まれる。
「…………!」
視界を覆い尽くす、目も開けていられない程の眩しい光。だが色のせいだろうか? ふと温かみのようなものを感じ、ラズリは内心で首を傾げた。
何だろう? この光……どこかで見た事があるような……。
光の色と温かみに、既視感を覚える。
こんなにも強烈な光、一度見たら絶対に忘れない筈なのに、何処で見たのか思い出せない。
自分はこの光を知っている。それだけは断言できる。なのに、いつ、何処で見たものなのか、その片鱗すらも思い出せないなんて。
もどかしい気持ちを感じながら、眩しさに閉じようとする目を懸命に開き、赤い光を見続ける。
そうして幾らも経たないうちに、赤い光は唐突に消滅した。同時に炎や燃えていた村も、丸ごと全部消失する。
気付けば、まるで最初から何もなかったかのように、そこは綺麗さっぱり更地へと姿を変えてしまっていた。
「嘘……」
その事実が信じられず、ラズリは何度も目を瞬き、目を擦り、周囲を見回す。
けれど目の前の光景は少しも変わらず、炎と村はすっかりなくなり、焼けた大地が晒されているだけだった。
否、残っているのは焼けた大地だけではない。もう一つ。
あれは、あれは──。
驚きと喜びで身体が震える。
何も考えずラズリはそれに向かって駆け出そうとしたのだが、駆け出す前に腕を掴まれ、引き止められた。
「ちょっ……なに? 離して!」
何度自分を引き止めれば気が済むのかと奏に怒りの瞳を向けるが、逆に真剣な目で見つめられ、ドキリとして動きを止める。
「奏……?」
どうかしたの? と問い掛けようとした時、彼は神妙な顔つきのまま、残酷な事実を口にした。
「行っても無駄だ。あいつらには既に実体がない。だから、お前の声は届かない」
「どういうこと……?」
言われた意味が分からない。
村は、すぐそこにあるのに。実体がないとは、どういう事なのだろうか。
炎が消え去った後も、ラズリの住んでいた村はなんら変わることなくそこに存在していた。
それが嬉しくて、喜び勇んで村に戻ろうとしたら引き止められて──そこまで考えた瞬間、ラズリはそれが如何にあり得ない事であるかを唐突に理解した。
そう、本来であれば、大きな火事に襲われた村が無傷であることなどあり得ない。あり得るはずがない。
だけれど今ラズリの住んでいた村は、まるで何事もなかったかのように、そこに在る。
あれだけ大きな炎に包まれ、周囲の土地は焼け野原と化しているのに、村だけが何事もなかったかのように、そこに存在しているのだ。どう考えても、その事実はおかしかった。
「手遅れだったって言ったろ?」
動揺するラズリに向かい、奏が静かに話しだす。
「俺が気付いた時には、もうどうしようもない状態だったんだが……辛うじて魂がまだ残ってたから、それを再形成して人の形にしたものが、今そこにいる村人達だ。恐らく、あまりにも突然命を奪われたために、魂が順応できず、残ったままになっていたんだろう」
再形成? 人の形にした?
訳が分からない。魂が死んだ事に順応できず、残るってなに?
「……じ、じゃあ村は? 村はどうして燃えてないの?」
焼け野原の真ん中にポツンとある村。
それが異常である事は分かるが、どう見ても幻覚だとは思えない。炎に包まれる前と何ら変わっていないように思えるのに、あれもまた紛い物だと言うのだろうか?
「あれは見た目だけだ。俺が焼け落ちる前の状態を、見た目だけ再現して見せているだけに過ぎない。だからお前が村に戻ったところで、椅子にも座れなければベッドでも眠れない。幻覚を突き抜けて地面に落ちるだけだ」
まぁ……村の中にいる奴等にとっちゃ、そんなの関係ないだろうが。
彼はそう付け足した。
村人達は既に魂だけの存在で実体が伴わないため、実物の村などなくても変わらずそこで過ごして行くだろうと。
「んでも、現実に気付いたやつから消えて逝くだろうから、いつかは全員消えると思うがな」
それは明日かもしれないし、何年後かもしれない。
ただ、魂は永遠に現世に留まれはしないため、いつかは必ず消える運命にあるのだと彼は告げた。
「そっか……そうなんだね……」
つまり自分は、もう村のみんなに会う事はできないんだとラズリは絶望しながら理解した。
もう自分の戻る場所は何処にもない、待っている人もいないのだ。
だけど、それでも、村の皆が苦しんで死んだわけでないのなら、まだ良かったと思える。今も、何も知らずに生き続けてくれているのなら……。
それだけが、ラズリの心の拠り所だった。
「でも、一体誰が村に火をつけたの? あれって事故じゃないわよね?」
大好きな人達の現在を知れた。しかしそれにより冷静さを取り戻したせいか、ラズリは突然火事の原因が気になり、そちらへと意識を切り替える。
あんなに大きな火事が、事故なんかで起きる筈がない。
あれは絶対に誰かが故意に起こしたものだ。恐らく、自分の住んでいた村を燃やすために。
沸々と湧き上がってくる怒りを抑えながら奏を見る。すると彼は、顎でミルドともう一人の騎士が倒れている方向を指し示した。
それからラズリの腕を引き、彼等の方へと歩きだす。
「ちょっと、急にどうしたの?」
あの人達が気絶してるうちに逃げなくていいの?
とラズリは思ったのだが。
「理由を知るなら、火を付けた本人に聞くのが一番手っ取り早いだろ。聞かなかったらお前、悶々と悩みそうだし」
図星を突かれ、言葉を失った。
なんにも言ってないのに、どうして分かったの!?
と思ったが、悔しいから口にはしない。
口に出してもいないのに、何故彼はこうも次々と自分の考えが読めるのだろう。こんな事すら魔性の能力であるというなら、自分は一生奏に勝てないかもしれない。
いや別に勝つ必要はないのだけれど、それでもやられっぱなしは性に合わないというか、悔しいというか、とにかく納得できないし。
そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか奏が足を止め、ラズリの事を見つめていた。
「……なに?」
と口を開いた途端、むくれた頬をつままれる。
「ひゃっ、ひゃに⁉︎」
頬を引っ張られているためまともに喋れず、変な言葉になってしまった。
「離して」とばかりに奏の手を掴むも、美麗な顔がすぐ側まで近付いてきて、驚きに息を止めてしまう。
──が、そんなラズリの様子が可笑しかったのか、奏は至近距離で楽し気に口角を上げた。
「ふっ……ラズリ可愛いな。これは予想外だった」
「何が予想外なのよ!?」
聞き返したが返事はなく、彼は再び歩き出してしまう。
なんだか子供扱いされているような気がして腹が立ったが、同時に至近距離で見た奏の顔が頭に浮かんでしまい、怒りたいのか恥ずかしいのか、ラズリは複雑な気持ちに頭を悩ませるのだった──。