表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/83

ミルドと奏

 ラズリと奏が話をしていると、やや離れた場所から唐突に声が掛けられた。


「ラズリ殿? もしやラズリ殿ではありませんか?」


 聞き覚えのある声に、嫌な予感がして振り返る。


 視線の先には案の定、青いマントを羽織った黒髪の騎士──ミルドがいて。彼はこちらに向かって歩いてくる所だった。


「そちらにいらっしゃるのは、やはりラズリ殿でしたか。遠くからお姿をお見かけして、もしやと思い来てみたのですが……正解でしたね」


 穏やかな声を発してはいるが、不穏な気配を隠しきれていない。


 ラズリが勝手に馬から降りていることに、腹を立てているのだろう。


 背後に一人の騎士を従え、右手を隙なく剣の柄に添えた状態で、油断なく近付いてくる。


「一人では馬から降りられないと思っていたのですが、驚きましたね……。一体どうやって降りたのです?」


 言いながら足を止め、ミルドはラズリの隣にいる青年へと目を向ける。


 瞬間、彼は顔色を変え、即座に剣を抜き放った。


「ラズリ殿! その者は魔性(ましょう)です! 離れてください!」


 しかしラズリは、ミルドの言葉に平然と答える。


「うん、知ってる。けど、どうして離れないといけないの?」


 それが魔性であるからという理由だけなら、当然ラズリは聞くつもりがない。


 だって自分は、奏を信じると決めたから。


 悪人であるミルド達の言う通りにする義理はないのだ。


「どうしてって……当たり前ではないですか。……いいですか? 魔性とは、人間に害を為す生き物なのです。今は優しくされているとしても、それは必ず何か企みがあってのこと。だから惑わされてはいけません! お願いですから、どうか此方に!」


「さあ!」と手を差し出してくるが、ラズリはそれを無視する。


 その上で、ミルドを睨みつつ言葉を紡いだ。


「そもそも私に害を為したのはあなた達じゃない。なのにどうして私がそっちに行かなきゃいけないの? そんなの絶対にお断りよ」


 一体どういう精神構造をしていたら、自分達のしたことを棚に上げ、何もしていない青年を貶めることができるのか。


 そしてその言葉を、此方が信じると思うのか。


 全く持って分からない。

 

 これが王宮騎士なのか。


 人間の誉れと言われる王宮騎士が、こんな人達だなんて終わってる。


 もっとまともな人達が王宮騎士であったなら、自分の運命も変わっていたかもしれないのに。


「自分の立場も弁えない小娘が……」


 ミルドの口から、低い声が漏れる。


 気付けば、彼の背後にいる騎士もまた、剣を抜き放っていて。


 思わずラズリがゴクリと唾を飲み込むと、奏が庇うように前へ出た。


「お前達、何おかしなことを言ってるんだ? 言っておくが、俺はまだ人間を害したことは一度もない。ただの一度もだ。だが、お前らは違うよな? まさに今、目の前で自分達と同じ人間を害してる。違うか?」


 青年の言葉に、ミルドは訳が分からないといった顔をする。


 それから徐に剣を構え直すと、何を馬鹿なことを……と、青年の主張を鼻で笑った。


「言ってる意味が分からんな。貴様の方こそ、嫌がるラズリ殿を無理矢理手中に収めているではないか。それを害ではなくて何と言う?」


 いや、別に全然嫌がってないんですけど……とラズリは思ったが、奏はミルドの言葉に仰々しく驚いてみせた。


「えっ!? 言ってる意味が分からないってマジ? あんた頭大丈夫? それにラズリだって嫌がってるようには見えないんだけど……あんたには嫌がってるように見えるのか? もしかして目も悪い?」

「ち、ちょっと!」


 どうして態々怒らせるようなことを言うんだろう?


 ラズリは慌てて青年の袖を引っ張ったが、遅かった。


「貴様ぁぁぁぁぁっ!」


 怒りに目を血走らせたミルドが、一気に距離を詰めてくる。


「死ねぇっ!」


 大きく振りかぶられた剣に、恐怖を感じたラズリが目を閉じた刹那──。


「うわああああああああっ!」


 ミルドの叫び声がし、やや遠くの方でドン、とぶつかるような音がした。


「…………?」


 一旦そこで音がなくなった為、どうなっているのか分からず、ラズリは恐る恐る目を開ける。


 聞こえてきた音的に、奏は大丈夫そうだけど……ていうか、大丈夫でありますように!


 そう祈りながら開けた視界の目の前に、先程と変わらぬ彼の背中があって。


「良かった……!」


 ラズリは思わず奏に抱きつき、ぎゅっと両腕に力を込めた。


「なんだなんだ? 嬉しいけどいきなり熱烈だな」


 くるりと体の向きを変えた奏に、すぐさま正面から抱きしめ返される。


 それによってラズリは正気に戻ると、奏の腕の中でジタバタと暴れた。


「ち、違うの! 無事だったんだと思ったら、なんか安心して、それで……」

「へえ? 俺のこと心配してくれたんだ? ラズリってば優しいな~」


 益々強く抱きしめられて動揺しながらも、ラズリは「ん?」と首を傾げる。


「ねぇ、どうして私の名前……」

「さっきあのムカつく男が呼んでただろ? だから分かったんだが……呼びやすくていい名前だな」


 名前を褒められ、至近距離で微笑まれて、ラズリはつい羞恥のあまり青年を力一杯突き飛ばしてしまう。


「うっ……ラズリ酷い」


 見事突き飛ばされて尻餅をついた奏は、わざとらしく傷付いた顔をしたが、そんなのは無視だ。


 絶対わざとに決まってる。


「今はこんなことしてる場合じゃないでしょ。あの人達は……」


 言いながらミルドの姿を探そうとして、ラズリは離れた位置に倒れている二つの人影に気付く。


 よく見ると、ミルドともう一人の騎士であるようだ。


 どうしてあんな所に……?


 不思議に思って奏を見ると、彼も同じようにミルド達を見つめ、それからラズリに向き直った。


「ラズリにかっこいいとこ見せようと思ったら、ちょっと力が入って……纏めてぶっ飛ばしちまった」


「てへっ!」とでも言いそうな顔で、小さく舌を出して笑う。


 が、申し訳ないがラズリはそれを見て『可愛い』とは思えなかった。


 超絶美形が可愛い顔をすると、微妙にしかならないのね……。


 心の中で、そんなことを呟いて。


「これからどうしよう? まず、この火をなんとかしないと……」


 そう、ミルド達の姿を見た時からずっと気になっていた。


 彼等の歩いて来た先が、真っ赤な炎に包まれている事が。


 先程奏の言った「同じ人間を害している」というのはつまり、彼等が放火したという事で。


 森を屠り続ける炎へと目をやり、その先にあるであろう村へとラズリが想いを馳せると──。


「取り敢えず消すか」


 奏がこともなげに、そう言った。













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ