美貌の青年
続きを書こうとして読み返したら「ん?」となったので、急遽修正しました。
以前読んでくれた人には、申し訳ないです……。
でもきっと前より面白くなってる……はず。
「……あなたは誰で、どうしてここにいるの?」
ずっと目の前にいた青年を、ようやくその瞳に映したラズリは、質問しながらも内心で驚きの声をあげていた。
ついさっきまでは視界の端でしか捉えていなかったから気付かなかったが、真正面から直視した青年が、とんでもない美形だったからだ。
乱雑に切られた髪は燃え盛る炎のように赤く、瞳も同色で、着ている服もそれと揃えたかのように同じ色をしている。袖からすらりと伸びた手と、白磁のように滑らかな肌は真っ白で、青年の纏う色彩をより際立たせているかのようだ。
顔の造作もこの世の者とは思えないほどに美しく、街中で彼とすれ違おうものなら、二度見三度見をしてしまいそうなほど。
ただ、唯一髪型だけが残念で、肩に付くか付かないか程度の長さの髪は、好き勝手な方向へと跳ねまくっていた。
これだけ格好良ければ、実は王子様だと言われても遜色ないのに、どうしてそこだけ無頓着なのか。
否、よく見れば着ている服も、単に大きな赤い布切れを上から羽織っているだけのような……?
見れば見るほど残念度が増していく青年から、思わずラズリは視線を逸らす。
何となくだが、これ以上直視しない方がいい、という声が頭の中から聞こえた気がして。
世の中には、知りすぎない方が幸せってこともある。
一人でそう納得していたのだが──。
視線を逸らしたことに、何故か当の本人から喰いつかれた。
「あれ? なんで目を逸らすんだ? もしかして、俺がかっこよすぎて直視できない感じか?」
そうだろう、そうだろうと、自信満々に顎を上げて見下ろしてくる。
なんというか……彼はとても素敵な性格──良い意味ではない──をしているらしい。
ラズリの気持ちになどまったく気付くことなく、機嫌良さ気にしている。
完全にすべてが間違いではないけれど……。
かっこよすぎるのは本当。そこは素直に認めても良い。
けれど、かっこよすぎて直視できないのは間違いだ。
寧ろ、彼に対する残念度を上げたくないから目を逸らしたのに、まったく逆の意味で捉えられていることに驚くばかり。何とも素晴らしい前向き思考の持ち主だ。
こんな風に物事を考えられたら、毎日楽しいんだろうな……と、つい感心してしまいそうな程に。
と、そこまで考えた時、ラズリは唐突に大事なことを思い出し、大声をあげた。
「ちょっと! よく考えたら私の質問に答えてないじゃない! 誤魔化さないでちゃんと答えてよね!」
途端に、乗っていた馬が嘶き、前足を跳ね上げる。
「きゃあっ!」
それにより、当然の如く馬上から振り落とされたラズリは、迫る地面に強く目を瞑った。
──が。
刹那、温かい何かに包み込まれたと思ったら、そのまま衝撃も何もなく、ふんわりと地面に着地したのだ。しかも、倒れた状態ではなく、立ったままの姿勢で。
普通に考えて、そんなことは先ずあり得ない。
恐る恐る目を開けたラズリの目の前にあったのは、視界一面の赤だった。
一瞬、頭か目がおかしくなったのかと思ったが、何度瞬きしても視界は変わらず赤いままで。
不思議に思って顔を上げると、赤い髪の青年の真っ赤な瞳と目が合った。
「急に大声出すからこんなことになるんだぞ? 俺に感謝しろよな」
落馬しかけたところを抱き止めて助けられるなんて最高だろ?
などと、至近距離で微笑いながら言ってくる。
最高も何も、そうそう落馬なんてしないんじゃないだろうかと思ったが、そこは言わないでおく。
それよりも、至近距離で美形の微笑みなんてものを向けられた心臓の方が危険だった。
今までこんな超絶美形にお目にかかったことがないのは勿論のこと、ラズリの住んでいた村には年齢の近い男性などもいなかった為、そもそも若い男性に対する免疫がほぼないのだ。
それに付け加えて、今の抱きしめられているような、この状況。ラズリを混乱させるのには十分だった。
「はわっ! ご、ごめんなさい!」
真っ赤になって青年の腕から逃れようとするも、腕の力を緩めてくれず、そこから抜け出すことができない。
「ちょ、ちょっとあの、は、離して欲しいんだけど……」
「ん〜? どうしようかなぁ……」
どうやら青年はラズリの反応を楽しんでいるようで、悩む素振りが途轍もなくわざとらしい。
「だ、だったら……そ、そうだ。さっきの私の質問に答えて。あなたは誰で、どうしてここにいるのか、を」
苦し紛れに、もう何度目になるのか分からない程に繰り返した質問を口にした。
わざと答えなかったのか、タイミングが悪かったのか、何度もはぐらかされてきたけれど。
今度こそ絶対に聞き出してやる! との気概を滲ませて青年を見つめると、彼はやれやれとばかりに肩を竦ませた。
「そんな怖い顔するなって。別にわざと話を逸らしてたわけじゃない。俺にとってはどうでも良いことだったから、慌てて答えることもないなと思っただけで……ああ、はいはい。ちゃんと答えるから、もう睨むなって」
ラズリの背中を軽く叩き、「どうどう」と馬を宥めるように言う。
「私は馬じゃありません!」
そう言ったが、「興奮してるようだったから、落ち着けるにはこれが一番かと思って?」と言われ、笑われた。
「ちょっと! 真面目に‼︎」
一体誰のせいでこんなことになっているのかを、きちんと把握して貰いたい。
こっちは別に遊んでいるわけではないのだから。
揶揄うような青年の態度にラズリが眉を顰めると、彼はようやく参りましたとばかりに両手を上げた。
「はいはい、言われた通りに致しますよ。……まず名前だが、俺の名は奏。見れば分かると思うが、人間じゃなくて魔性だ。ここへは、お前を助ける為に来た。……これで良いか?」
なんとなくドヤ顔をしているような気がするが、問題はそこじゃない。
問題は、そう──。
「魔性⁉︎」
青年が魔性だというところにあった。
世界が魔性に支配されていることは勿論知っているけれど、辺鄙な村に引き篭もって暮らして来たラズリには、ほぼ関係のないことであり。
村に魔性が現れたことなどなければ、村人の誰かが襲われたという話も聞いたことがなかったから、どこか他人事として捉えていたのだ。
けれど、目の前の青年が魔性だというのなら、彼が空中に浮かんでいることも、派手な見た目をしていることにも納得がいく。寧ろ空中に浮いている時点で気付くべきだったが、そこはまぁ……冷静な思考回路を失っていたから、ということで。
ラズリは魔性に関する知識をほぼ持ち合わせてはいなかった為、気付かなくても仕方がないと言えば仕方がないことではあった。尤も、彼等が人間にはない不可思議な力を使うことや、個々の能力に応じた色彩を身に纏っていることぐらいは流石に知っていたから、気付いて然るべきだったと言われれば、その通りなのだが。
「そっか。魔性だったんだ……」
改めて青年を見返す。
けれど彼は、村にあった本で読んだり、村人達から聞いていた情報とはかけ離れた印象で、どうにも悪い人のようには──そもそも人間ではないのだが──思えない。
寧ろ、自分を攫った王宮騎士達の方が、余程悪人のような気がして。
まぁ、いいか。と思ってしまった。
赤い髪の青年──奏が、魔性であろうと人間だろうと関係ない。
自分や自分の大切な人達に危害を加える者こそ悪であり、優しくしてくれる人は善なのだ。
だから彼が魔性であっても構わないと、ラズリは思った。
まさに今、独りぼっちのこの状況で、彼は自分を助けに来たと言ってくれたのだから。
実際に、ついさっき落馬した時も助けられたわけだし。
魔性である奏を、信じてみようと思ったのだ──。