存在価値
なんだ、この女は?
突如として目の前に青い髪の女が立ち塞がり、アランは目を見開いた。
こんな女は知らない。関わった覚えもない。なのに何故、ミルド隊長と一緒にいる?
「お前に用はない。そこを退け!」
剣先をチラつかせて言うが、女は気にもしていないようだ。
見る限り、女が魔性であることは間違いないから、どうせ人間など恐るるに足りないとでも思っているのだろう。
そのような慢心がどんな結果を招くのか、知りもしないで。
「貴様の相手はわたくしがするわ。何処からでも仕掛けてきなさい」
女のくせに、人を見下した上から目線の物言いが気に食わない。魔性とは、全員が全員そういった物言いをするものなのか?
こんな女に構っている暇はないのに、自分はミルド隊長のみに用があるのに、とアランは苛立ちを抑えきれない。
そういえば以前、相対した赤い髪の青年魔性も、同じような物言いをしていた。
騎士団内で副団長にまで上り詰めた自分のことを、無能と罵った赤い魔性。
彼のことを思い出すだけで、アランは全身が焼けるかのように熱くなる。
アイツだけは許さない。自分のことを馬鹿にしたアイツ。ただ、彼が魔性で自分が人間であるというだけで、無能呼ばわりしてきたアイツだけは──!
グツグツと、腸が煮え繰り返る心地がする。
そして、それに呼応するかのように、先程修復された右腕がドクドクと脈打った。
「お前も……そうなのか?」
「なに?」
目の前に立つ女魔性に、アランは呟くかのように問いを発する。
「お前も……俺を無能と言うのか?」
あの時のアイツと同じように。
剣を握る右腕が細かく震え、それにより抜き身の剣が音を立てる。
アランの身体に纏わり付く黒い靄が、氷依とミルドをも取り込もうと勝手に動くが、アランはそれに気付かない。
「隊長! 俺は……俺は無能なんかじゃないですよね?」
一番それを聞きたかった相手──氷依の背後にいるミルドに、アランは真っ直ぐに問い掛けた。
俺はまだ、あなたにとって必要ですよね?
切実なる問い。単にそれを聞くためだけに、ここまで歩いて来たと言っても過言ではない。
ミルド隊長に必要とされなければ、自分の存在価値が見出せなくなってしまうから。
けれど。
アランの問いに対し、ミルドの発した答えは、彼の望むものではなかった。
利き腕を失くし、除隊を命じられ、見捨てられたことに一度は絶望したものの。自分を切り捨てたのは隊長の本意ではない。腕さえ戻れば復隊できると唆され、必死の思いで追いかけて来たアランに。
命令違反をしたのは、確かに悪かったと。それにより、利き腕を失くしたことも大き過ぎる失態だったと反省もしたアランに対し。
「お前が邪魔だった」
一言だけ、そう告げられた。
「え……?」
あまりにも言葉少なに、しかも唐突であったため、アランは一瞬何を言われたのか理解が追いつかなかった。
「すみません、今なんて──」
「俺はお前が邪魔だった。お前を副隊長に任命したことを後悔するばかりの毎日だった。だからお前が利き腕を失い、これで堂々と騎士団から除隊させられると思ったら……喜びしかなかったよ」
口の端に笑みさえ浮かべ、これで良いか? と付け加えたミルドに、アランは激高した。
「良い訳ないだろ! 良い訳ないよな!? 俺が邪魔だった? 後悔ばかりだったって? そんな筈はない! 俺は十分過ぎる程あんたの役に立ってた筈だ。他の無能どもとは比べものにならないぐらい! なのに何だ、その言い草は!? 俺を馬鹿にするのも大概にしろ!」
怒りの感情と共に膨れ上がった黒い靄が、ミルドと氷依に襲い掛かる。
それは氷依の張った氷の壁によって阻まれたが、今度は最初の時とは違い一向に引く様子はなく、しつこく氷壁に取り付き、じわじわと氷を侵食するかのように蠢いた。
「ちっ! 邪魔なんだよ!」
叫び、アランは靄によって真っ黒に染め上げられた剣を、力一杯薙ぎ払う。
その衝撃で氷壁は粉々に砕け散ったが、アランが砕けた壁の向こうへ行くよりも早く、新たな氷壁が行く手を遮った。
「次から次へと……邪魔だって言ってるだろ!」
滅茶苦茶に剣を振り回し、出現する端から氷壁を砕き、壊して行く。
だが、砕いても砕いてもすぐさま次の氷壁が形成されるため、一向に状況は変わらない。
「どうして……」
俺は力を得た筈なのに。
「どうして……」
思い通りにならない?
これまでずっと隊に貢献してきた自分を酷い言葉で詰り、アッサリ切り捨てようとした最低な奴に、鉄槌を喰らわせてやりたいのに。
「どうして出来ないんだよっ!」
激しい怒りと苛立ち、焦燥によってアランが大きく剣を頭上に振り上げた瞬間──。
『ならば、我が手を貸してやろう』
声が、聞こえた。
それは、利き腕を失くし、騎士団からの除隊を命じられ、絶望に打ちひしがれていたアランを救い上げてくれた、恩人ともいえる者の声。
失くしたアランの腕を見つけ、元通りにしてくれた、奇跡の使い手の声。
その声が耳に届いた時、助かった! とアランは思った。
この声の主が力を貸してくれるのであれば、勝ったも同然。これでミルドを叩き潰せる。そう思った。
故にアランは──。
「頼む! 手を貸してくれ!」
迷うことなく、そう言った。




