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青天の霹靂

 鬱蒼とした森の中、繋がれた馬の背に跨った少女──ラズリは今、激しく混乱していた。


 何故? どうして、こんなことに?


 自分の置かれた状況が理解できずに戸惑う気持ちと。


 この人は一体誰なの? というか、なんなの?


 自分からほど近い距離に浮かんで、にこやかに微笑む美貌の青年を見て。


 思わず頭を抱えた──。


 青天の霹靂とは、こういう時のことを言うのかもしれない……。


 初めて乗った──正しくは乗せられた──馬の背で、ラズリはそんなことを考えていた。


 家を出るまでは、いつもと何も変わらなかった。


 しかし、朝食前に畑の野菜に水やりをするべく家を出て歩いていたら、突然見知らぬ男達が目の前に現れたのだ。


 村の中で知らない人に出会ったのは初めてで、だからこそ、ラズリは驚愕のあまりその場で固まってしまった。


 思えば、それがいけなかったのだと思う。


 そこですぐに逃げるなり大声をあげるなりしていたら、状況はまた違っていたのかもしれない。けれどあの時のラズリには、そのどちらもできなかった。


 結果、あっという間に体を抱え上げられ、村から連れ出されたと思ったら、馬の背を跨るようにして乗せられた。


 咄嗟に降りようとしたが高すぎて降りられず、「大人しく待っていろ」と言われ、ラズリはそのまま置き去りにされてしまったのだ。


 どうして自分が連れ出されたのか分からなかったし、こんな場所に置いていかれる理由も分からなくて。


 ただ、ここにいる馬はラズリが乗せられているもの以外にも何頭か繋がれているため、男達が自分を捨て置くつもりでないことだけには安堵した。自分一人ではどうにもできないこんな場所に放置されようものなら、確実に死ぬ未来しか見えないから。


 あの男達は今、何処へ何をしに行っているのだろう?


 目の前にいる青年の方を見ないようにしながら、ラズリは気配だけで周囲を窺った。


 逃げるなら、今が絶好の機会だ。


 そう思うけれど、自力で馬から降りられない以上、どうすることもできない。


 あの男達も恐らくそれが分かっているからこそ、見張りをつけることもなく自分一人を置いて行ったのだろう。


 なんとかして見返してやりたい気持ちもなくはないが、無理矢理馬から降りようとしようものなら、絶対に落ちる自信がある。


 しかも、こんな高い場所から落ちたら、きっと痛いだけでは済まないし、最悪『打ちどころが悪くて……』なんてこともあり得そうだ。


 それではあまりにも情けないし、辛うじて命は無事だったとしても、大怪我だってしたくはない。


 空でも飛べたら良いんだけど……。


 ふと、そう考えて、ラズリは目の前の青年へと目を向けた。


「ん? どうした?」


 明らかに、青年は空中へと浮かんでいた。


 彼に頼めば馬から降りられるんじゃないかという考えが一瞬ラズリの脳裏を過ぎったが、味方でない相手に手助けをお願いしたところで、聞いてもらえる保証はない。


 まさか……この人が見張りっていうわけじゃないわよね?


 青年に声をかけられたのは華麗に無視して、ラズリは再び物思いに耽り始める。


 自分が捕まった時、青年はその場にいなかったし、見知らぬ男達は揃いの甲冑をつけていたけれど、目の前の彼は何も着けていない。だから、彼等が仲間である可能性は低い……と思う。


 でも、だったらこの青年は、どうして自分の目の前にいるんだろう?


 そして何故、こちらをじっと見つめているのだろうか。


 ラズリが見知らぬ男達に馬へと乗せられた時点では、彼は絶対ここにはいなかった。


 周囲から男達がいなくなり、ラズリが一人になって状況を整理しようとしたところで視線を感じ、顔を上げたらそこにいたのだ。


 あまりにもすぐ目の前にいたから驚いて──驚きすぎて逆に落ち着き、青年が目の前に現れたことなど気付きもしなかったかのように目を逸らしてしまったが。


 そして、大分失礼なことに、そのままずっと無視し続けてしまっているが、その間彼は黙ったままこちらを見つめ続けている……ようだ。なんとなく視線を感じるだけで、青年をできるだけ視界に入れないようにしているため、自信はない。


 正直ちょっと得体がしれなくて怖いのよね……。


 普通であれば、これだけ長い間無視し続けられた場合、そのことに怒って何か言ってくるか、興味をなくしていなくなるかのどちらかだと思うのに。


 青年はそのどちらでもなく、ラズリの目の前から一歩も動かずに、ほぼ無言のままそこに居続けている。


 一体何を考えているのか、どうしたいのかさっぱり分からない。


 思えば今回の出来事は、最初からおかしかった。


 まず、見知らぬ男達がラズリの住む村にやってきたことからそうだ。


 鬱蒼とした森の中に存在する村は、ラズリが生まれてこの方、誰にも見つけられた事はなかった。


 大抵の人なら足を踏み入れない深い森の中に村があるからというのも理由ではあったが、森の規模が大きすぎて、村のある場所まで辿り着ける人が一人もいなかったからだ。


 どこまで行ってもただの森で、珍しい植物や食材が採れるわけでもない。だからこそ森に踏み込む人自体殆どいなかったし、ましてや森の中に村があるなどと思われてもいなかったため、今までは村人達だけで平和に過ごすことができていたのだ。


 それなのに、今更になって立て続けに外部の人間が現れた。


 自分を捕まえた男達も、目の前の青年も、どうやってここを見つけたのだろう?


 加えてあの男達は、村の誰にも気付かれることなく中へと侵入し、ラズリを拉致した。


 時間的にまだ早朝だったから、というのもあったとは思うが、それでも外へ出ている村人は何人もいた筈だ。そのうちの誰にも気付かれずラズリを村の外へ連れ出すなんて、普通に考えてできることじゃない。


 一体、何がどうなっているんだろう……。


 明らかに色々とおかしいのに、それらを解決へと導く糸口は、一つも見つけられなくて。


 でも、だからといって、このまま何もせずに諦めることなどラズリにはできなかった。


「………………」


 一度目を閉じ深呼吸して、気持ちを切り替える。


 そうしてラズリは目の前にいる青年と向き合うべく、ゆっくりと目を開いた。







 



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