闇との会話
ラズリの手を引き、宿屋へと連れて来た男の顔は、奏に勝るとも劣らないぐらいに美しかった。
奏の顔が男らしい美形であるなら、その人物は男女の境が曖昧で、見ようによっては男にも女にも見える中性的な美しさ。
燃え盛る炎のように真っ赤な髪と瞳を持つ奏とは違い、目の前の青年は緋色の髪と瞳を持っていて。髪と同じ色のマントを身に纏い、膝まで伸びた緋色の髪を、一本の三つ編みにして背中に垂らしていた。
「あなたは……誰? もしかして奏の知り合いなの?」
青年の見た目から、彼も魔性だろうとラズリは推測し、身に纏う色によって、奏の知り合いではないかとの予想をたてる。
結果、その予想は見事に当たっていたらしく、青年は微かに頬を緩めると首肯した。
「私は闇と申します。奏の配下──と言いたいところですが、奏本人には友達だと言われている者です」
配下と言いたいけど、実は友達?
闇と名乗った青年は、なんだかよく分からないことを言う。
「それって……あなたは奏の配下だと思っているけど、奏は友達だと思ってるってこと?」
「そうなりますね」
何故だか悲し気に闇は頷いた。
配下より友達の方が立場的には上のような気がするけれど、闇はそれでは嫌なのだろうか?
対等な友達より上下関係の方が良いなんて、かなり変わっているとしか思えない。
「闇はどうして奏の配下が良いの? 友達の方が仲良しっていうか、より近い感じがして良いと思うんだけど」
そう言ってみるが、闇はそれに対し首を横に振り、キッパリと否定した。
「いえ。私如きが奏の友達など……あまりにも烏滸がましいので」
「そ、そうなの?」
「はい」
一体何がどうして烏滸がましいのかは分からないが、本人がそう言い切るからには、そうなんだろう。
烏滸がましいなんて考えを抱くほど、奏って凄い人かな……?
などと、ラズリ自身は少々失礼なことを考えてしまったが。
「え~と、じゃあそれはまぁ良いとして。闇はどうして私を此処に連れて来てくれたの?」
奏以外に自分を助けてくれる人がいるとは思っていなかったから、腕を引かれて走っている最中、ラズリはずっと不安に思っていたのだ。目の前を走る男が、もし王宮騎士だったらどうしよう、と。
けれど、強い力で腕を掴まれていたため振り解くこともできず、簡単にここまで連れて来られてしまった。
闇が味方であったから良かったものの、敵であったらと思うと、今更ながらラズリは恐怖を感じずにはいられない。
けれど──。
「あのまま貴女達二人が宿屋に向かったところで後をつけられるのは明白であった為、奏には生贄になってもらいました。奏が甘んじてそれを受け入れたのも、貴女の手を引くのが私であると分かっていたからです。もしも相手が他の人間であったなら、すぐさま奪い返されて居たことでしょう」
だから不安に思うことなど何もないのだと、闇は優しく微笑んでくる。
「でも、生贄って……奏は大丈夫なの?」
後をつけられるとしたら、王宮に目をつけられているラズリが狙いである可能性が高い。
それなのに、生贄として奏を置いてくるだなんて、相手はそれで誤魔化されてくれたのだろうか?
狙いがラズリであるなら相手は奏を無視してラズリを追って来ただろうし、奏が生贄として相手を足止めしようにも、あれだけ人の目がある場所で、魔性としての能力は使えない筈。
だとしたら、例え奏でも危ないかもしれない。
ラズリが悶々と考えていると、闇はその横をすり抜け窓を開け放し、つとある方向を指差した。
「……気になるのであれば、彼方をご覧下さい」
闇に言われるがまま、ラズリは彼の指先の方を見る。
すると其処には、たくさんの女性達に囲まれ、心底嫌そうに顔を顰めている奏がいた。
「え? あれって……生贄ってそういうこと?」
振り返って闇に問うと、彼は肩を竦めて頷きを返す。
「宿屋へ向けて歩いている時、貴女も思いましたよね? このまま行けば、女性達が何人か宿屋までついて来てしまうかもしれない、と」
確かにそうだ。
あまりにも奏が格好良くて女性達の視線を集めていたから、このまま宿屋まで行って良いものかとラズリは心配していた。ミルド達から一旦は逃げ出したとはいえ、自分は彼等に追われる身。目立つことは極力避けたいのに、こんな状態で宿屋まで行っても良いものかと。
「ですから私はあそこで奏を突き飛ばし、貴女の腕をとって走ったのです。もし奏がそれで追って来るようなら攻撃も辞さないと考えていましたが、そこまで馬鹿じゃなかったようで、安心しました」
「そ、そうですか……」
とてもにこやかな表情で闇は話しているが、二人は友達なんだよね? とラズリは疑問に思わずにはいられない。
「この街の追手は貴女狙いではなく、奏狙いの女性ばかりなので、貴女は安心してお休みいただければと思います。……それと、奏が戻ったら私が適当に相手をしておきますので、其方もご心配なく」
「どうもありがとう」
着替えは置いてありますと浴室に誘導され、バタンと扉を閉められる。
村での入浴は、浴槽のある何軒かの家で時間を決めてしていたが、こういった大きな街では宿屋の一部屋一部屋に浴室があるんだ……と間違った思い込みをしながら、ラズリは身体についた泥を洗い流した。
実は浴室のついた部屋はラズリの泊まる一室のみで、それだけに一泊の料金も目が飛び出るほどのものなのだが、世間知らずのラズリがそんなことを知る筈もなく。
入浴、着替えの後ラズリはベッドで横になり、闇に「おやすみなさい」と言って、暫しの眠りについたのだった──。