激しい怒り
まさに危機一髪だった。
あと一瞬遅ければ、奏の命がどうなるか分からなかった瞬間にギリギリ間に合ったことに、ラズリは内心で安堵の息を吐いていた。
──王宮騎士達によって、ラズリが部屋に連れ戻されようとしていた時。
唐突に奏のことで不安がよぎり、なんとしても彼のところへ行きたいと何度も強く願った結果、気付けば精神が肉体から抜け出していた。
『え……?』
騎士に担がれ、床を見つめていた視点が急に空中から下を見下ろすものとなった際、ラズリは自分に何が起こったのか分からず、何度も目を瞬いた。
けれど、何度目を瞬いても、擦ってみても、眼下に見えるのは騎士の肩に担がれ、なす術もなく運ばれていく自分の姿。
ただ、ラズリを担いだ騎士の男は何か納得いかないことでもあるのか、しきりに首を傾げ、何かを呟いていた。だが、もう一人の男に話しかけられると、顔を真っ赤にして言い返し、その後は憮然とした表情で口を閉ざしたまま歩いて行った。
あの様子ならば、おそらくラズリの精神が肉体から抜け出ていることに気付いてはいないだろう。
──尤も、普通そんなことできる人間などいないから、彼が今担いでいるラズリの肉体に中身──精神──が伴っていないなどとは、夢にも思っていないだろうが。
どうして、こんなことになったんだろう?
原因を探ってみるも、奏のところへ行きたい──と強く願ったこと以外、思い当たるふしがない。そんなことより今は奏のことが心配だし、精神体とはいえ自由に動けるようになったのだから、他のことは後回しにして彼を探そう──と動いた結果が、今のラズリの状態だった。
死灰栖と奏が戦っている時は、見つからないよう、邪魔しないよう、陰から見ていた。
その時に、奏の過去や考えていることが何故か周りに透けて見えて、図らずも彼の過去を知ることになってしまったのだ。
奏の考え、奏の苦しみ──何一つ知らないまま、あの時の自分の考えだけで彼を拒絶し、傷つけてしまったのだと理解した途端、ラズリの胸は引き裂かれるように痛んだ。
人間とは違う。彼は魔性なんだと分かっていたのに、あまりにも奏が優しいから、魔性が本来持っている残虐性について、すっかり忘れ去ってしまっていた。
あれは奏が悪いのではなく、種族として身体に植え付けられた、どうしようもないものだったのに──。
それから闇が魅了にかけられ、美しい緋色の瞳から血の涙を流した時、ラズリは奏のしようとしていることが簡単に予想できてしまった。彼は闇の力を奪い、ことが済むまで安全圏に置くつもりなのだ──と。
あわあわと動揺する素振りを見せながらも、奏はこっそりルーチェの作った札を魔力によって引き寄せていた。
そうして、闇がルーチェに攻撃しようとした瞬間を見計らい、彼に札を貼り付け、宿屋へと転移させたのだ。
闇が送られた場所なんて、考えるまでもなかった。
魔力をなくし、無防備になった闇を放置しても安心な場所。赤闇の魔神である奏の結界と、青麻のために張られた青氷の魔神の結界──わざわざ結界を壊してから姿を消すような律儀さは透耶にはない──が未だ張られたままの場所。
どう考えても、そこ以上に安全な場所はなく、だからこそラズリは宿屋へと戻り、闇が札に魔力を吸い取られて消失してしまう前に、彼の身体から札を剥がしたのだ。
これでなんとか闇を助けることができたと安堵したのも束の間、城へ戻ると、奏と兄が一触即発の状態になっていた。いや、一触即発というより、奏が一方的に追い詰めていた感じ? だった。
けれども兄が急に頭痛を訴え、頽れたことで状況は一変したのだ。
なんと、奏はラズリの兄を救うため、自分の命を投げ捨てようとした。
闇のことも、ラズリのことも、残される者の気持ちなど何も考えず、ただその時の気持ちのままに、命を投げ捨てようとしたのだ。
そんなこと許せなかった。許せるはずがなかった。
こんなにも自分の心を引きつけておいて、彼がいなければ生きていけないとまで思わせておいて、たった一度拒絶されたぐらいで、簡単に命を捨てようとするなんて!
自分の拒絶が、奏の心にどれほどの傷を負わせたかは分からない。
それが修復不可能なほどに深い傷となってしまったのなら、心底申し訳なかったと思うし、自分が悪かったとも思う。
だけど、それでも、謝罪の一つでもさせてくれれば誤解だったと伝えられるし、やり直すことだってできるかもしれないのに!
そう思い、彼の手に自分の手のひらを重ねた。
表面上は優しく微笑んで見せたけれど、内心ではマグマのように激しい怒りが煮えたぎっていた。
奏──私はあなたを、絶対に死なせない‼︎




