詮無いこと
この子供、どうしてやろうか……。
剣呑な光を宿した瞳でルーチェのことを見つめながら、奏は唇を噛み締める。
普段から、頭を使う案件については全て闇に任せているため、奏自身はあまり頭を使うことがなかった。性格的にも、彼は策略を巡らせるより力技でなんとかしてしまう方が断然好みであるし楽なので、闇が一緒にいない時などは、もっぱら力押し一択だ。
しかし今は──流石にそれでは駄目なことが理解できるだけに、次にどうしたら良いのかを決めかねている。
殺してしまうのは簡単だ。だが、あいつの言う通りそんなことをしたら、この先自分はラズリに一生口をきいてもらえなくなるだろう。
いやでも、そんなのは今更か?
ふと、奏は宿屋でラズリに拒絶された時のことを思い出した。
あの時ラズリがどうして急に態度を変えたのかは分からないが、それでもあれは明確な拒絶だったと思う。
だとしたら──兄を殺してしまったところで、何も変わらないんじゃないか?
殺しても、殺さなくても、どちらにしろ拒絶されたままなのであれば──……。
魔力を解放したことにより、考え方に残虐性が増し、奏の思考は危険な方向へと傾いていく。
だが、ラズリには拒絶され、奏の行動を唯一諫めてくれる闇も傍にいない今、誰もそれを止められる者はいない。
「取り敢えず……どうなるか分からねぇけど、天使の能力だけは奪っておいた方がいいよな……」
呟き、奏は再びルーチェへと手を伸ばした。
先ほど闇が言った通り、如何に奏といえども天使の能力を吸収したら身体にどんな害が出るか不明であったが、ラズリと闇という自分にとって大切なものを二つもなくした今となっては、そんなことどうでもいい。
むしろ魔性の魔力と天使の能力が反発しあい、そのせいで消滅するのなら願ってもないことだ。
長年孤独を抱え、強すぎる能力のせいで自らを封印し続けてきた奏は、気付けば生を手放すことすら厭わなくなっていた。
こいつの能力を奪えば、闇にかけられた魅了が解けるかもしれない……。それにより、たとえ自分の命が失われたとしても、そんなのは詮無いことだ。
僅かな希望を抱き、奏はルーチェに触れるため距離を詰めた。
死灰栖の時と同じやり方を使わないのは、慎重を期するためだ。
死灰栖は適当に魔力を奪ってやればそれで良かったが、ルーチェは天使と魔性、両方の血が混じっていることもあり、さじ加減が分からない。そのため、近づいて様子を見ながら、慎重に能力を奪う必要があった。
「ひっ……来るな……!」
奏がしようとしていることを察知したのか、黄金色の瞳に怯えを浮かべたルーチェが、ジリジリと後ずさる。
彼は自分の手足となって動く駒がいなければ、単に魅了が使えるだけの青年でしかない。しかも、頼みの綱の魅了も奏には全く効かないとなれば──逃げるしかないのは当然だろう。
「あれだけ好き放題やっておいて、今更逃げられると思ってるのか? 悪いが俺は、そんなに優しい方じゃないんだ」
わざとらしく、一歩一歩ゆっくりと歩を進め、後退するルーチェを奏は壁際へと追い詰めていく。
「お前はラズリに手を出した。俺の大切な配下を捨て駒にしようとした。あとは俺を……殺そうとしてくれたよな? 実際に死にかけたのは闇だったが……あの時の俺の気持ちがお前に分かるか? この先一生解くはずのなかった封印を、お前なんかのせいで解かねばならなくなった俺の気持ちがお前なんかに分かるのか?」
ダン! とルーチェのすぐ横の壁に手をついて上から睨め付けると、青年は面白いぐらいに顔色を変えた。
「ぼ、僕は悪くない! 君を殺そうとしたのは死灰栖であって、僕じゃない! 僕は君を殺せとまでは言わなかった。なのに、あいつが勝手に……! だ、だから悪いのは僕じゃないんだ!」
しかし当然、そんな言葉で納得するような奏ではない。
彼は意地悪く口角を引き上げると、ルーチェに蔑むような目を向けた。
「言い訳は必要ない。お前が何を言おうとも、俺のやることは変わらないからな」
真っ青になって震えるルーチェの頭を掴もうと、手を伸ばす。
が、刹那、ルーチェの膝ががくりと折れ、彼はその場にしゃがみ込んで呻き出した。




