ぶつかる視線
純粋な魔性──奏という男が放った言葉の意味が、ルーチェには理解できなかった。
純粋な魔性? 魔性ってどういう意味だ? どこからどう見ても僕は天使にしか見えないだろう? なのにどうしたら僕を魔性なんかと間違えるっていうんだ?
心底から意味が分からず、ルーチェは何度も瞬きを繰り返しながら、奏を凝視し続ける。まるで、彼の顔に正解が書かれているとでも言うかのように。
けれど当然、そんなはずはなく──。
「ふ、ふふっ……あはははは!」
何故だか無性に可笑しくなり、ルーチェは腹を抱え、突然大きな笑い声を上げた。
「なんだなんだ? とうとう狂っちまったのか?」
男が若干焦ったかのような声を出すが、ルーチェは気にせず笑い続ける。
狂ったわけではない。単純に、男が可笑しいと思ったからだ。
天使が絶滅したのは百年以上も前のことらしいから、目の前の男が百年よりも前に生を受けていなければ、実物の天使を見たことのない可能性がある。そうなれば、ルーチェを魔性と勘違いすることもあるかもしれない。
けれども、本当にそんなことあり得るだろうか?
自分のように眩しいほどに輝く金の髪と瞳を持つ存在なんて魔性にはいないだろうし、全身に纏う雰囲気のようなものだって、魔性と天使とでは大きく違っているはずだ。なのに、それが分からないなんて、どれだけ常識知らずの魔性なのだろう。
「君は随分とおめでたい脳内構造をしているみたいだね。僕はそれが可笑しくて笑ってしまっただけだから、心配は無用だよ。むしろ、どこからどう見ても天使にしか見えない僕を魔性だと勘違いするなんて、君の脳みその方がイカれてしまっているようだ。今更どうにもならないだろうが、同情するよ」
自分が魔性と間違われたことに対し、意趣返しとして少しばかり嫌味を込めつつ言葉を返す。
そうしながらも、どうやって男に対抗しようかと考えていると、タイミングよく三つ編みの男が戻ってきたのが見えた。
あいつなら、もしかして……。
僅かな期待に、ルーチェの心臓がドクンと音を立てる。
今や圧倒的な魔力に溢れる赤い髪の魔性を従えることは万に一つもできなさそうだが、彼の配下であろう三つ編みの男なら、うまくいけば魅了することができるかもしれない。
今でこそ傷を癒やされ何事もなかったかのように動いてはいるが、魔性は怪我を負った際、血と共に幾らかの魔力が流出するという。
無論それは暫く経てば回復してしまうそうだけれども、今回については、ついさっきの出来事だ。流石にまだ魔力が回復しきってはいないだろう。
だったら今は、絶好の機会ということになる。だが、おそらく機会は一度きりだ。あの二人は死灰栖やミルドなどとは違って用心深いだろうから、一度失敗したら二度目は訪れないだろう。
だから魅了するなら確実に、一回で仕留めなければならない。
そのためには、真正面から瞳を合わせる必要がある。けれど、どうやって──。
ルーチェが懸命に考えていると、不意に三つ編みの魔性の声が聞こえた。
「では、私はそろそろラズリ殿の様子を見に行って参ります」
「は⁉︎ なんで……!」
思わず大きな声を出してしまい、二人の視線がルーチェへと向く。
他のところへなんて、行かせるわけにはいかない。
今、彼にいなくなられたら、魅了できなくなってしまう。
思わずそう言葉にしかけたが、ギリギリのところでそれを呑み込み、ルーチェは闇を別の言い方で引き留めることにした。
「見に行ったところで、何も変わらないよ。彼女はただ眠っているだけなんだから……」
けれど忌々しいことに、もう一人の魔性がそれに食いついてきた。
「なんだぁ? 闇にラズリのところへ行かれたら、なんかまずいことでもあるって言うのか?」
思いのほか慌てた様子に、疑いを持ったのだろう。
目の前の男に問われて、ルーチェは珍しく言葉に詰まった。
「べ、別に、そういうわけじゃないけど……」
こんなの僕らしくない……。いつもだったら、ほぼ何も考えずとも、すらすらと言い返すことができるのに……。
この二人を相手にしていると、何故だか上手くいかない。理由は分からないが、いつも通りに振る舞うことができない。
一体どうして……。
唇を噛んで俯くと、付き合い切れないとばかりに、相手にため息を吐かれた。
「とにかく私は、ラズリ殿のところへ──」
「駄目だ! 待って!」
反射的に声を上げ、顔を上げた瞬間──ルーチェの黄金色の瞳と、闇の緋色の瞳の視線が、真正面からぶつかり合った──。




