純粋な魔性
奏とルーチェの目が合う。
ルーチェは、つい今しがた死灰栖が奏によって小鬼へと変えられたのを目の当たりにし、冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
なんだ、こいつは? 能力がおかしいだろう! 人型の魔性を小鬼にする能力なんて、見たことも聞いたこともないぞ?
実際ルーチェは、魔性の能力についてあまり詳しくは知らなかった。というのも、魔性についての彼の知識は、氷依に教えてもらったことのみに偏っていたからだ。だが、氷依は浅く広く、魔性について様々なことをルーチェに教えてくれたため、魔性についての一般常識的な事柄であれば、おそらく彼は戸惑いを感じることなどなかっただろう。魔性の能力は特殊なものさえ除けば、ほとんど全てが属性による違いのみしかないのだから。
しかし今現在、彼の前にいるのは特殊の中においても更に特殊、現存する魔性の中では一人しか持ち得ないだろう能力を有している奏ときている。そんな人物を相手に、ルーチェの持つ知識など役に立つわけがない。
その上こちらは駒として使える魔性もおらず、魔力を吸収する札もなく、ほぼ丸腰と変わらない状態なのだ。そんな状況で戦いを挑んだとしても、勝機など万に一つもないだろう。
なんでよりによって、こんな訳の分からない奴が……。
ルーチェの知る〝普通“の魔性であれば、あるいは対処する方法が思いついたかもしれない。
だが、相手は全く未知の能力を持つ存在である。そんな男を相手に、ルーチェはどうしたら勝機を見出せるのか、いくら考えても分からなかった。
「……僕のことも、死灰栖のように小鬼の姿へ変えるのか?」
そんなのは絶対嫌だと思いつつ、そうなる可能性を考えて、恐る恐る奏と名乗った男に問う。
どこからどう見ても天使にしか見えない美しい自分の見た目は、ルーチェにとって何よりの自慢であり、何より大切なものだった。それが奪われるなど、地獄でしかない。
美しい見た目であるからこそ魔人でさえも魅了できるというのに、それを失ったら、誰にも見向きされなくなってしまう。
幼い頃から、天使の母親譲りの美貌のおかげで周囲にチヤホヤされて育ってきたルーチェは、その美貌を失うことが何よりも怖かった。
自分の価値は見た目であり、見た目さえ良ければ周りは過剰とも言えるほどに優しくしてくれ、甘やかしてくれる──魔性だってそうだ。
最初は人間だと馬鹿にしてきても、ルーチェが天使の笑顔でにっこりと微笑むと、力の弱い魔性なんかはメロメロになり、なんでも言うことを聞いてくれた。
そんな風にして育ってきて──魔性について自分なりに研究し、魔力を吸収する札を作り出し、同時に自分自身を天使として完璧な存在にするため、生き別れてしまった双子の妹を探して、探し続けて……やっとの思いで見つけ出したのに。
ようやく全ての願いが叶うという時になって──どうして邪魔されなければならない?
自分はただ、できたばかりの頃のような、天使が力を持つ状態にこの島を戻したいだけなのに。
何がそんなにいけない? 魔性なんて、人間に害を与えるだけじゃないか。
その点自分なら、人間達が幸せに暮らす世界を作れる。もし仮に従わない人間がいたとしても、魅了してしまえば素直にいうことを聞かせられる。
魔性のように力で無理やり言うことを聞かせるより、その方が余程平和的でいいじゃないか。なのに、どうして──。
悶々と考え込んでいると、わざとらしい大きなため息が聞こえ、ルーチェはハッとして視線を上げた。
どうやら考え事に没頭しすぎて、いつの間にやら視線を俯かせていたらしい。
「小鬼にだけは……なりたくないんだ……」
爛々と光る赤い瞳を見つめ、懇願するように口に出せば、奏という男は軽く肩をすくめて見せた。
「多分だけど……お前は小鬼にはならないと思うぜ? 元々純粋な魔性じゃないわけだし……あぁでも性格は果てしなく魔性寄りだから、それに基づいた見た目に変化するとしたら……可能性はなくもないか?」
可能性云々だとか、性格が魔性寄りだとかはどうでも良かった。
ただ、その言葉以前にどうしても聞き流せない一言が、男の科白の中には含まれていた。
それは──〝純粋な魔性ではない“という一言。
「純粋な魔性? 僕は……純粋な〝天使“のはずだろう?」
男が何気なく口にした言葉に──ルーチェはただただ首を傾げたのだった。




