意味のない擬態
「すごーい! これが街なの?」
奏に連れられ、初めて自分が住んでいた村以外の場所に降り立ったラズリは、周囲の喧騒や街並みに目を輝かせていた。
見たこともない大きな建物、端から端までびっしりと並ぶ屋台。道幅いっぱいにひしめき合う、人、人、人──。
「街って、こんなに沢山の人がいるのね。私の住んでいた村は、そこまで人がいなかったから……」
年老いた人だけでなく、若者や子供まで、様々な年齢の人達で街の通りは溢れかえっている。
皆思い思いに買い物を楽しみ、周囲のことはあまり気にしていない様子だ。
正直ラズリは、奏に街へ行きたいと言ったものの、街へ行って奇異な目を向けられたらどうしようと思っていた。
自分では普通のつもりでいたが、王宮騎士に村まで焼かれて連れて行かれそうになったからには、自分はどこか普通の人とは違うのかもしれない、と。村の皆は普通に接してくれていたけれど、実は自分は他の人と違ったのかもしれない、どこかおかしな所があるのかもしれないと、不安になった。
だから、そんな自分が大勢の人がいる街などへ行ったら、大変なことになるのではないだろうか? 若しくは、自分のせいで他の街まで焼かれてしまったらどうしようかと心配していたのだ。
けれど、大丈夫そうで安心した。
これだけ沢山の人がいれば、恐らく騎士達にも自分を見つけることはできないだろうと思ったからだ。
「ラズリ、まずはどうする? 街の中を見て回るか?」
奏によって下ろされた場所に立ち尽くし、ひたすら街の様子を眺めていたラズリに、奏が様子を窺うかのように尋ねて来る。
素直な気持ちを言えば、このまま街を見て回りたい。けれど、ついさっきまで泣いたり喚いたり、様々なことがあったばかりだ。その為ラズリは、実際凄まじい疲労を身体中に感じていた。
「そうね……取り敢えず今日はもう休もうかな。一日色んなことがありすぎて、なんだかもう……精神と身体がついていけない気がする」
「そっか……。まぁ、そうだよな。分かった。んじゃまずは宿屋に行くか」
言うが早いか、奏はラズリの背中に手を添え、歩き出す。
「あの、ちょっと奏。私は一人でも歩けるから……」
立ち止まっていた時から何となく周囲の視線を感じてはいたが、歩き出したことにより視線の数が明らかに増えたように思え、ラズリは戸惑う。
確信する程ではないが、視線を感じる理由は隣にいる奏にあるような気がして、さり気なく離れようとするも、彼は聞き耳を持ってくれない。
「大丈夫だって。見た目は人間に見えるよう擬態してるから、誰も俺が魔性だなんて思わない」
そういうことを言いたいわけではないのだが、彼には通じていないようだ。
どう見たって奏を見つめる周りの視線は、珍しいものを見ているというより、とんでもない美形に驚いているというか、目を奪われているというか、そういった類の視線なのだから。
どうしてそのことに気付かないのかしら……。あまりにも鈍くて嫌になるわ。
どうせ擬態するなら、もうちょっと不細工になってくれれば良かったのにと思う。
けれど、そこまで見た目を変えられると、ラズリ自身も奏だと分からなくなる恐れがあるため、それは駄目だと首を振った。
そもそも、擬態していると言ったところで、今の奏は髪と瞳の色を人間らしい色に変化させているだけで、容姿はまったく変わっていない。だからこそ、突然姿を現したとんでもない美形に人々──主に女性──の視線が集まっているのだが、当の本人である奏は、そのことにまったく気付いていないようなのだ。
魔性って、こんなにも警戒心がなくて大丈夫なのかしら……。
つい、そんな風に心配になってしまう。
けれど、王宮騎士であるミルド達をあっさりと撃退してしまったことを思えば、強いが故に無頓着なのかもしれないという気もして。
それでも、宿屋に着いたらゆっくり休みたいから、できればあまり注目を浴びたくもない。周囲の女性達の視線から察するに、何人かは宿屋までついてきてしまいそうだ。更にそのうちの何人かは、よからぬ気持ちのこもった目でラズリを見つめてきている。
このまま奏と宿屋に行ったら、ゆっくり休むどころじゃないわ……。
そのことは分かっているのに、自分だけでは宿屋の場所が分からない為、別行動をとるわけにもいかない。
どうしたら良いのかしら?
考えつつも、奏に背中を押されるまま歩き続けていると、不意に彼の手が背中から離れ、同時に、焦ったような声が聞こえた。
「うわっ! 何すんだ!」
「奏!?」
驚いて振り向くも、黒いフードを被った男にラズリは腕を掴まれる。
「今のうちに行きますよ」
「え? 誰?」
尋ねても答えてもらえず、ラズリは半ば無理矢理フードの男にそこから連れ出された。
「ちょ、ちょっと! 奏!」
腕を引かれながら奏の名を呼ぶも、彼は女性達に囲まれ、身動きがとれないでいる。
自分に危害を加えようとする王宮騎士はぶっ飛ばせても、危害という危害を加えるわけではないただの人間である女性達には、さすがに奏も攻撃はできないようだ。
引き摺られるようにして歩きながら何度も彼の名を呼ぶも、気付けばラズリは宿屋に到着していて、フードの男が手続きするのを後目に、先に部屋へと案内された。
突然のことに何が何だか分からず呆然としていると、部屋の扉が開き、フードの男が姿を現す。
「あ、あなた誰? 私をどうするつもりなの!?」
まさか王宮騎士の誰かではないかと、ラズリは怯えながらも聞いたのだが──。
「ああ、大丈夫ですよ。手荒な真似をしてしまい、申し訳ありません」
そう言ってフードを外した男の顔を見た瞬間、驚愕に目を見開いた。