まず一人
「さあ……お前の魔力を欠片も残さず、全て俺に渡せ!」
奏が言葉を放つとともに、死灰栖を包み込むように握りしめていた巨大な手が、グッと強く握り込まれる。
それでも死灰栖は全魔力を振り絞り、しばらく闇の手による圧力に耐えているようだったが──やがて、抵抗する魔力も気力も失ったのか、彼の姿は巨大な手の中に呑み込まれ、見えなくなった。
当然だろう。奏の放った闇の手は、ルーチェのように特殊な札を使うことなく相手の魔力を容赦なく奪い取る。しかも、吸収する量に限界のある札とは違い、奏が能力の発動を止めるまで永遠に。
いくら抵抗したところで、その抵抗の最中にも際限なく魔力を吸われ続けていれば、力尽きるのも当然だ。
それを知りつつ最後まで抗ったのは、ひとえに死灰栖のプライドによるものだろう。
たとえ力の差があると分かっていても、素直にそれを認める気にはなれなかったに違いない。自分が犯した過去の過ちのせいで化け物じみた能力と魔力を手にした男に負けるなど、彼の性格的に受け入れることはできなかったのだ。
それぐらいならいっそ、ダメもとながら全力で抵抗してみようと試みた結果──死灰栖は、小鳥ぐらいの大きさの魔性となって、奏の操る闇の手の中から、ぽとりと床に落下した。
既に人型ではない。魔力を大量に奪われたことにより、小鬼のような見た目になってしまっていた。
氷依のように、自身の魔力を別の場所に分散され、本体を維持する魔力が失われただけの状態であったなら、たとえ本体が砂に帰しても、札に封じられていた魔力を媒介にして復活することもできただろうし、魔人の姿を保ったままでいることも可能だっただろう。
だが、札のような無機物ではなく、同じ魔性や人間といった有機物に吸収されてしまった魔力は元のものとは質が変わってしまうため、それを媒介にして復活することは不可能だ。
たとえば、氷依自身が砂になって消えた後、彼女の魔力は札の中に大量に封印されていた状態であったため、復活させようと思えば復活させることはできた。だが、その魔力は青麻を助けるために使われ、彼の一部となってしまったことで変質し、彼女は復活することができなくなってしまったのだ。
単にルーチェの札に魔力を吸収されただけであるなら、先ほどのように魔力を奪われた本人に戻すことができる。たとえ魔力を戻す相手が本人でなくとも、純粋な魔力はある程度使い回しが可能だ。
しかし、他の魔性の身体に吸収されてしまった魔力は──その時点で別物となってしまうため、本人の元へ戻すことは不可能となる。つまり、奏によって奪い取られた魔力は本人に戻す術がなく、全て奪い取った者の魔力──カラスとなった死灰栖の魔力は、ラズリに魅了された時点で死灰栖のものではなくなった──となってしまうのだ。
故に死灰栖はもう二度と人型に戻ることはできず、この先一生を魔使として──しかも、その中でもかなりの低ランクに位置する者として──生きていかなければならない。
それならばいっそ殺せと、中途半端に魔力を奪うのではなく全てを奪い尽くして殺せと死灰栖は願ったが、弱い小鬼へと変えられた彼の声は奏に届かず、いつの間にか近づいてきていた闇によって、城の外へと投げ捨てられた。
「死んで全てを失うよりも、力を失い生き続けていく方が、貴方にとっては何万倍も辛いことでしょうね……」
深い森の中に落ちていく死灰栖を見送りながら、闇は小さな声で呟く。
奏が赤闇の魔神となったことで自分は彼と出会い、今のような関係になることができた。そのきっかけを作ってくれた死灰栖には、少しばかり感謝にも似た気持ちを持ったこともあったものだが──実際に目にすると、彼は心の底から嫌悪を感じる存在でしかなかった。
そしてそれは、半天使の青年も同じ。
いや、見た目が天使のように美しい分、中身の醜悪さがより際立っておぞましさすら感じる。けれど彼は紛れもなく──ラズリと血の繋がった兄妹なのだ。
「我が君はあの者を……どうするつもりでしょうか……」
殺してしまうのは簡単だが、それではきっとラズリの心に傷を作ってしまう。かといって放置するのも──彼の能力を考えれば危なすぎてできない。
ならば一体どうするのが正解なのか?
闇は答えを探すように、奏の後ろ姿を見つめた──。




