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平凡な私のどこに、奪い合う価値があるのでしょうか?  作者: 迦陵れん
最終章 飛翔

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自信の揺らぎ

 死灰栖に二枚目の札の魔力を戻した反動で、またしても酷い眩暈に襲われていたルーチェは、ぐらつく視界で懸命に室内の情報を集めていた。


 まず驚いたのは──赤い髪の魔性の力が、予想以上に凶悪だったこと。それから、彼が自分を〝魔神”だと名乗ったことだ。


 まさか妹と一緒にいた魔性が魔神だったなんて、夢にも思っていなかった。数多くいる魔性の中でも、魔神は片手で数えられるだけの人数しかいないと氷依に聞いていたのに。


 その中の一人が、よりによって妹と一緒にいたなんて──。


 慣れない能力の反動に苦しみながらも、死灰栖が赤い髪の魔性を倒せるなら──と取り上げた魔力を戻してやったのに、それが全くの無意味に終わるなんて、どうして予想がつくだろう? こんなことなら、さっさと見捨ててやれば良かった。


 でもその場合、こちらには対抗する手段がないから、余計にどうしようもなかったかもしれないが。


 どうして天使は、相手を魅了するしか能がないのだろう。百年以上も前の魔性との戦いの際、天使達はどうやって戦ったというのだろうか。


 それが分かれば自分にも戦うことはできるはずなのに、残念ながら、それを教えてくれる人は既に一人も生きてはいない。


 天使として完全体となった自分と死灰栖の力を合わせれば、魔神だって倒せたかもしれないのに──。


 しかもどうやら、死灰栖は過去にあの魔神を怒らせたことがあるらしい。でなければ、彼が自分より先に狙われることはなかったはずだ。


 どう贔屓目に考えても、戦闘状態に入っている死灰栖より、床に倒れ伏している自分の方が相手にするのが容易いことぐらい、誰だって理解できる。それなのに自分を放置して死灰栖を優先した時点で、怨みのほどが分かるというものだ。


「さしずめ僕は、お気に入りの玩具に手を出した不届者程度の扱いなのかな……?」


 それはそれで扱いが軽すぎて面白くない気はするが、さっさと殺されるのも嫌なので、取りあえず文句は言わないことにする。


 必要に駆られて妹の能力は奪ってしまったが、命まで奪わなかったことに、ルーチェは今更ながらホッとした。もしも考えなしに彼女の命を奪いでもしていたら、確実に自分は魔神に殺されていただろう。


 いや、まだ殺されないと決まったわけじゃないんだけど……。


 ただ順番的に死灰栖より後に回されただけで、命の危険がないわけではない。


 だったら人質代わりに、彼女を連れて来た方がいいのか……?


 ふと、そう思いついた時、部屋の隅から、誰かの言い争う声が聞こえてきた。


 誰だ……?


 目を凝らしてそちらを見るも、焦点の定まらないルーチェの目には、奏と闇の重なる姿が、赤を纏った魔性一人としか映らない。


 声は二人分聞こえるのに、いるのは一人だけなんて、こんなおかしなことがあるだろうか?


 混乱し、ルーチェが思わず死灰栖へと目を向けると──彼は、荒い息を吐きながらその場に片膝をついていた。


「よもや……これほどまでとは……」


 死灰栖の脳裏に、ある記憶が蘇る。


 あれは──魔性の中でも稀有だと言われる(やみ)の能力を持つ者を見つけ、交渉に行った時だった。


 尤も、交渉とは名ばかりで、実際は強制的に従わせに行ったわけなのだが。


『我はいずれ魔神となる身である。故に、我の配下となることは、貴様らにとって至上の喜びとなるだろう。悪いことは言わぬ。素直に黙って我に従え』


 そう言って手を差し出すと、あろうことか、その者は難色を示した。


 自分はただ家族で穏やかに暮らしていきたいだけであり、権力などに興味はないと。自分の能力は風化させていくべきものであり、他者に誇示するようなものではないと。


 ──許せなかった。


 単に(やみ)を扱う能力を持っているというだけで、大して強くもない者が、自分の申し出を断るなど。


 せっかくこちらがその稀有な能力を有効に使ってやろうと言っているのに、それを無下にするとは、一体どれだけ態度が大きいのか、と。


 だから分からせてやろうとした。自分の力がどれだけ強いものであるのかを、そんな自分の下で働けることが如何に光栄なことであるのかを。


 ただ予想外であったのは、それによって相手を殺めてしまったことであるが──もしや今目の前にいる男は、あの時の魔性の息子であるというのだろうか?


 息子がいたなど知らなかった。知っていたら、彼を人質にとって無理やり言うことを聞かせたのに──。


 いくら悔やんでも、過去にはもう戻れない。彼の両親を殺した過去も変えられない。


 (やみ)を操る能力とは、こんなにも圧倒的なものなのか。


 これまで絶対に揺らぐことがないと思っていた自信が、ひび割れる音が聞こえた気がした──。











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