自傷行為
奏が自身を〝赤闇の魔神”だと名乗ったことで、死灰栖の表情が面白いくらいに変わった。
驚いているような、しかし同時に悔しさを噛みしめているような、何とも言えない表情に、思わず口角が上がる。
「なんだよ、随分と面白い顔してくれるじゃねぇか。そんな風に驚いてもらえるんなら、俺も言った甲斐があったってもんだぜ」
できることなら、一生隠しておきたかった自分の二つ名。
知られてしまえば、自由を奪われると同時に孤独を受け入れなければならなくなる。だから隠していた。
だが、もういい。
初めて心から愛しいと思ったラズリには拒絶され、たった一人の友人である闇は、自分が能力を隠していたせいで殺されかけた。二人を失ってまで力を封印し続けることに、意味なんてない。
「この俺に正体を明かさせたんだ。まさか無事に済むとは思ってねぇよな?」
威嚇するように睨みつけると、死灰栖は信じられないと言うように、唇を震わせた。
「だ、だが、赤闇の魔神はもう何十年も生死不明で──」
「だから本物かどうか疑わしいって? なら別に信じなくても構わない。実力で分からせるだけだ」
肩をすくめてそう返せば、死灰栖はぎり──と音がするほど強く唇を噛み締めた。
一体何がそんなに悔しいのか──分からないが、奏にとってはどうでもいいことに他ならない。
どうせこれから始末するのだ。相手の心情を慮ったところで無駄にしかならないだろう。
「お前は俺の両親を殺し、大切なものに手をつけた。……それだけでも許せないのに、俺の大事なたった一人の友人まで殺そうとしてくれたよな?」
「それは……だが、あやつが貴様を庇うから……」
ボソボソと言い訳がましく言葉を紡ぐ死灰栖に、苛立ちが募る。
庇ったから、何だというのか。
あの時に闇が自分を庇わなければ、傷つけることはなかった──とでも言いたいのだろうか?
だがどちらにしろ、闇と奏のどちらかが傷ついていたことに変わりはないのだから、結果は同じだっただろう。
否、ラズリに拒絶された今、これ以上生きることに価値を見出していない分、大人しく奏が殺されていた方が問題はなかったかもしれない。
──もっともその場合、闇は〝赤闇の魔神”という自分を庇護してくれる存在を失い、辛い過去と同じ状況に逆戻りしていたに違いないが。
いずれにせよ現実として死にかけたのは闇であり、奏ではないのだから、今更考えても詮ないことだ。
ならば一刻も早く片付けてしまおうと、奏は手のひらを死灰栖へと向けた。
「とにかくテメェには死んでもらう。もう二度と、俺の大切なもんに手を出せないようにな」
言い終わると同時に闇の力を放出し、叩きつけるようにぶち当てる!
「ぐうっ……!」
一瞬で真っ黒な闇に呑み込まれた死灰栖は、なす術もなくやられたかと思ったが──。
伊達に尊大な態度をとっていたわけではないらしい。死灰栖を呑み込んでいた闇が時間と共に薄くなってくるにつれ、辛うじて結界で防いでいる姿が見えた。
「ほらほら、どうした? 俺の力に押されてるぞ! そのままだとヤバいんじゃねぇのか?」
わざと挑発するように言い放ち、奏は次の攻撃を浴びせかけようと手のひらを再び向ける。
しかし──。
「もうお止めください、我が君。そのような自傷行為は看過できません」
耳に馴染んだ声がしたと同時に、死灰栖へと向けていた手をそっと握られた。
「え……」
まさか──という思いで、奏が声のした方へ目を向けると……そこには、悲し気な笑みを湛えた闇がいたのだった。




