赤闇の魔神
「調子に乗るのもここまでだ。さあ……我と本気の戦いを始めようか」
赤い髪の男を見つめ、死灰栖はニヤリと口角を上げる。
少しばかり他の魔性より魔力が多いようだが、所詮それだけだ。我の相手になるような男ではない。
突然髪が伸びたからなんだというのだ? つい先ほど奴の放った攻撃で空間が捩れたからと、それがなんだというのだ?
そんなもの、大したことではない。
空間を操る? くせに赤を纏っていることについては不可解だが、魔性とて異端な者は存在する。
あの男はおそらく、それにあたるのだろう。ならば、これ以上気にすることは何もない。
意識がはっきりするや否や死灰栖はそう考えをまとめると、両手をゆっくりと赤い髪の男へと向けた。
「我は次期魔神との呼び声高い男である。降参するなら今のうちだぞ。まぁ……降参したところで、少しばかり手を抜いてやるぐらいだがな!」
言うが早いか、攻撃を放つ!
視界を埋め尽くすほどの大量の刃──緋色の髪の男を傷つけた時より、量も威力も増したそれが、容赦なく赤い髪の男へと襲いかかる!
「避けられるものなら避けてみるがいい! だが我の攻撃は貴様のものとは違い追尾式ゆえ、逃げられるとは思えぬがな!」
逃げ惑う男の姿を想像し、心底愉快だと言いたげに死灰栖は大声を出して笑う。
そうして一頻り笑った後、思い出したように振り返り、背後で座り込んでいるルーチェへと視線を落とした。
「分かっていると思うが、我の魔力はまだ、全て戻ってきてはいないからな」
「だから何? 僕は今、疲れてるって言わなかったっけ?」
天使など、戦いで自分達魔性に負けた存在であるというのに、この青年はどうしてこうも偉そうなのか。
たかが人間に傅かれていたぐらいで、こうも勘違いしてしまうものなのか?
だとしたら、分からせなければならない。自分の立場というものを──。
「貴様は、我にそのような態度をとって、自分の命が危なくなるとは考えないのか? 札二枚分の魔力を取り戻した我は、既に貴様の魅了から抜け出しているのだぞ」
威圧するように顎を突き出して言ってやれば、青年は面白いぐらいに顔色を変えた。
しかし、伊達にこれまで魔性を魅了してきたわけではないらしい。
青年はすぐに反抗的な表情を見せると、意地の悪い顔をしてこう言い返してきた。
「そっちこそ、僕を殺したら失った魔力は二度と取り戻せなくなるよ。僕の妹は、僕に能力を奪われたせいで無能になってしまったからね……」
天使──というより魔性に近い笑みを浮かべる青年に、死灰栖はぞくりと寒気を覚える。
なんなのだ、この男は? 天使の能力を持ちながら、その性質は限りなく魔性に近い──否、たとえ同じ魔性だとしても、忌避感を覚えた。
外面が美しいだけに内面の醜さがより強調されるとでも言えばいいのだろうか。見た目は魔神と並び立つほどに美しいのに、その内面は魔性そのもの──しかも、魔神や魔人のように高貴なものではなく、どちらかというと魔使に近い卑しいものを感じる。
こんな男に自分は魅了され、操られていたのか──そう考えると、死にたくなるほど恥ずかしい。
このような卑しい心根を持つ者に、自分のような高貴な存在が好き勝手されるなど──!
怒りのままに、死灰栖が青年を弾き飛ばそうとした時だった。
背後から、もう二度と聞こえるはずのない声が聞こえてきたのは。
「仲間割れもいいけどさ、俺はお前達に相当腹が立ってるから、できればこっちに譲って欲しいんだけど?」
「譲るとは一体誰のことをだ?」
言葉を返しながら、死灰栖は内心信じられない思いで再び身体の向きを変える。
まさか、生きているはずはない。
視界を覆い尽くすほどの量の刃を、たった一人に集中させたのだ。普通に考えて、生き残ることなど不可能だ。
なのに何故、この男は生きている?
自分の心臓の音が妙に大きく聞こえ、死灰栖は知らず知らずのうちに、ごくりと唾を飲み込んだ。
最初から、おかしいと思っていた。
辺鄙な場所にある人間の住む村に張られた妙な結界。体内に〝種”を仕込んだ少女から送られてくるはずの〝戦利品”の少なさ。
ある日感じた〝種”への違和感。そして何より──命懸けで赤い髪の男を守った闇の姿と、異質な赤い球体。
それらが全て頭の中で一つに繋がった時、死灰栖は自分の立っている場所が大きく崩れるような感覚に襲われた。
「まさか……」
声が、掠れる。
あまりの衝撃に唇が震え、上手く言葉が紡げない。
「まさか……貴……様、は……」
辛うじて死灰栖がそれだけを言うと、後は男が請け負った。
「俺もお前達に自己紹介をしようか? 俺の名は奏。不本意ながら〝赤闇の魔神”と呼ばれている存在だ。と言っても、俺自身はそんなものに価値なんて感じてないけどな」




