戻った魔力
凶悪な赤い球が、自分に向かって飛んでくる──。
あれに当たったら、どうなるのだろう? 流石の我でも、消滅は免れないだろうか。
いまだ混濁する意識の中、死灰栖はぼんやりとそんなことを考えながら、ただひたすらに赤い球を見つめていた。
あの能力はなんだ? 色は赤いが炎ではない……表面に見える赤色の奥底に、底知れぬ何かを覆い隠しているような……あの本質は一体なんだ?
意識さえはっきりしていれば、すぐにでも分かりそうなものなのに、ところどころ靄がかかっているせいで、正しい答えが出てこない。
自分はおそらく、あの能力の本質を知っているのに──。
そこまで考えた時、赤い球がすぐ目の前まで迫っていることに気付いて、死灰栖は慌てて空間移動で球をかわした。
途端に、ほんの一瞬前まで死灰栖のいた場所が空間ごと捻れるようにして赤い球の中へと吸い込まれ、大きな空洞ができる。
「なんだよ、それ……」
呆然とした声で呟いたのは、半天使の青年だった。
「なんなんだい、それは! そんな……小さい球一つで……威力がおかし過ぎるだろう? お前は一体なんなんだよ!」
混乱したように声を荒げる青年が、グシャリと足元の札を踏み潰す。
その音でもう一枚の札の存在を思い出したのか、彼は徐にそれを拾い上げた。
「もう、これしか手はないということなんだね……」
札を見つめながら呟く青年に、死灰栖は思わず期待する目を向ける。
そうだ、もうそれしか方法は残されていないのだ。あの赤い髪の男に殺されたくなければ、貴様はもうそれを使うしかない。
自分は札一枚分の魔力で自我を取り戻すことができた。ならば更にもう一枚分の魔力を取り戻すことができたなら、次はどんなことが可能になるだろうか。
口を自由にきけるようになるのは当然のこと、自我も完璧に取り戻すことができるかもしれない。
魔力については──まだもう一枚分、行方不明になったままの札があるため、元通りとはいかないだろうが、それでも。
それでも、あの男に対抗するぐらいはできるはずだ……。
魔力を取り戻したらどうしてやろうか──考えを練っていると、不意に失われた自分の魔力が身体に戻ってくるのを感じた。
ああ……気持ちが良い……。
魔力を奪われた時とは違い、それによって身体が満たされる感覚というのは、こうも気持ちの良いものなのか。
全身に満遍なく行き渡る魔力を感じ、死灰栖は恍惚とした表情を浮かべる。
これだ、これこそが我の力。我の魔力。次期魔神として呼び声高い、我の本当の力──。
「これで……良い……」
死灰栖の身体が札の中の全ての魔力を吸収した後、ルーチェはがくりとその場に膝をついた。
「おや、どうした?」
まさか、今ので力を使い果たしたのか?
尋ねる死灰栖に、ルーチェは荒く息を吐きながら、苦しそうに言葉を返してくる。
「いや。まだ……身体が新たな能力に慣れていないのか、思ったより負担が大きくて……」
はぁはぁと苦しげに息をしているが、正直なところ、死灰栖にとってはそんなことどうでもよかった。
ただ、自分の奪われた魔力を宿す札はもう一枚あるはずだから、その札の中の魔力も全て返してもらうまでは、なんとしても生きていてもらわなければ困ると思っただけで──。
「まぁ良い。後は我に任せ、貴様は休んでいるがいい」
ほとんどの魔力を取り戻した死灰栖は、不敵な笑みを浮かべつつ、ルーチェを庇うようにして足を一歩前へと踏み出した──。




