新たな自由
天使も人間もどうでもいい。
奏にとって大切なのは、いつだって自分自身だけだった。
大天使を始末したのも、自らの平穏な暮らしを取り戻したかった、という理由だけに他ならない。決して多勢に無勢の中で必死に無力な人間共を守り、力尽きて死んでいく天使達を見て、哀れなどと思ったからではない──はずだ。
自分はそんな情を持った存在ではないのだから。
それでも考えてみれば、魔性にしては珍しく両親の愛情を普通より多く受けて育った自覚はあるが、それでも天使や人間達と比べると歴然たる差があることは明らかだった。そんな自分が──。
「たかが大天使を始末したぐらいで、英雄呼ばわり……。おかしすぎて逆に笑えないな」
自分に対する世間の評価を、奏は冷笑とともに受け止めていた。
英雄──そんな望まぬものになったせいで、自分の自由は再び奪われることとなったのだ。
諦めて姿を晒し、魔神となることを受け入れれば、或いは別の意味での自由を手に入れることは可能かもしれない。だがそれは、彼の望む自由ではないのだ。
奏の望む自由は制限などなく、誰にも何にも遠慮せず、勝手気ままに振る舞うことのできるものである。魔神となって、常に配下達に気を配り、制限されながら楽しむ自由など、もはや自由でも何でもない。
「なのにどうしてみんな、そんな魔神になりたがるんだか……」
かつて奏の両親を殺した魔性も、自分が魔神として認められるようになるため、奏の父親の能力を必要としていたと本人が漏らしていたのを盗み聞きしたことがある。父親は彼に協力することを拒み、言うことを聞かなければ殺すと脅された末、相手が力加減を誤ったせいで殺されてしまったのだと──。
「力加減を誤るとか……洒落にならねぇ」
結果、今現在もそのせいで闇が死にかけているのだから、死灰栖という名の魔性はどれだけ自分を怒らせれば気が済むのか──と奏は考える。
自分の両親を殺したのは死灰栖であり、ついさっき自分を殺そうとし、それを阻んだ闇を現在進行形で殺しかけているのも、また死灰栖なのだ。
彼は恐らく奏が赤闇の魔神本人だと気付いてはいないだろうが、奏自身は自分が予想外に魔神として──本人の意思とは関係なく──認められてしまったことにより、死灰栖が口惜しい思いをしていることは知っていた。赤闇の魔神の存在を無かったことにするため奏がしばらく姿を消し、生死不明となったことで嬉々としたことも──。
だが、見るに見かねて奏が闇の窮地を救ってしまったことで、全てが振り出しに戻ってしまった。否、魔性の中で随一の人気を誇っていた闇が赤闇の魔神の押しかけ配下となったことで、振り出しどころかマイナスにまで落ち込んだのだ。
自分に恩を感じるのなら、これ以上関わらないでほしい──。
闇が配下となる以前、何度そう頼んだか。しかし闇は頑として聞き入れず、逆に「私を貴方の配下にしてくださったら、全てにおいて今後は貴方のサポートをするとお約束いたします。もちろん、貴方が自由に動き回る方法についてもお教え致しますよ」と言ってきたのだ。
〝自由”──それは奏にとって、何にも代えがたい魅力的な響きであり、また抗うことのできない絶対的な言葉でもあった。
「お前を配下にしたら、本当に俺は魔神なんて言われる前のように自由な日々を手に入れられるんだろうな?」
思わずそう問い返してしまったとして、奏は何も悪くはなかっただろう。
そんな彼に、闇は美しい笑みを浮かべてこう言った。
「はい、全て私にお任せくだされば問題はありません……我が君」
かくして、闇は望み通り奏の唯一の配下となることに成功し、奏は闇の助言を受けて赤闇の魔神としての能力を自身の体内に封印し、平凡な魔人となることで、再びの自由を手に入れることができたのだ──。




