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平凡な私のどこに、奪い合う価値があるのでしょうか?  作者: 迦陵れん
最終章 飛翔

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取り戻した自我

 ポタリ、ポタリ──。


 真っ赤な鮮血が止まることなく滴り落ち、それを受けた絨毯を色鮮やかに染めていく。


 その場にいる者達は、まるで時が止まってしまったかのように滴り落ちる鮮血を見つめ、微動だにしない。


 一体何が起こったのか──視覚からの情報に脳が追い付かず、ただ大きく目を見開いて、目の前の事実を見つめるばかりだ。


 否、その中で一人だけ、なんの感情も抱くことなく動こうとした者がいた。が──。


「死灰栖、やめろ。せっかくだから、最後の時間を与えてあげようじゃないか」


 力を放つ寸前に主人であるルーチェに止められ、死灰栖は無表情のまま、手のひらに蓄えた力を消滅させた。


 ふん、甘いな……。


 という呟きを、内心に押し留めて。


 今なら目の前の魔性を殺せる。むしろ今でなければ、絶好の機会を逃すことになる。


 そう進言してやりたいが、まだ今は、ルーチェに対する返答以外で許可なく口を開く自由までは得ていない。


 一定量の魔力を取り戻すことができたおかげで、幾らか自我を取り戻すことはできたが、それでもまだ大半以上はルーチェの魅了によって縛りつけられたままであり、意識もところどころ混濁したままだ。


 故に彼の命令に逆らうことはもちろん、自らの意思で声を発することも、能力を自在に操ることもできない。悔しいが、それほどまでにルーチェの魅了の力は強く、また、死灰栖の奪われた魔力量も膨大であったのだと認めざるを得なかった。


 たかが、あんな紙切れ一枚で……。


 一体どれほどの量の魔力が奪われたのだろうかと、内心で歯噛みする。


 人間の作った紙切れ一枚、どうということもないと思っていた。あんな物、自分の能力を持ってすれば簡単に無力化できるのだと。


 だが、ルーチェが予想外にも天使の血を引いていたせいで、あり得ないことが起こった。


 まさか、まさか、次代の魔神第一候補とも言われる自分が、手駒として使われるなど──。


 現実が信じられなかった。否、今も彼のいいように使われている自分自身の状況に、死灰栖は激しい怒りを覚えた。


 しかしどんなに怒りを覚えようとも、目の前の青年を八つ裂きにしてやりたくても、自由に動かぬ身体では何もできないし、正常に働かない頭では良い案を思いつくこともない。


 せめてもう少し魔力が戻れば、なんとかなると思うのだが……。


 たった札一枚分の魔力で自我を取り戻すことができたのだから、もう一枚分の魔力が戻れば、身体の自由──若しくは、自我の全てを取り戻すことも不可能ではないかもしれない。


 ただ悔やまれるのは、自分の魔力を封じ込めた札が残り一枚しかこの場に残されていないことだ。


 自分の記憶が確かなら、黒い札は全部で三枚あったはず。なのに、この場にあるのは二枚だけ──。


 もう一枚は何処へ行ったんだ……?


 自我を取り戻していることがバレないよう、死灰栖はルーチェが自分を見ていない隙に室内へと隅なく視線を走らせ、残りの札を探す。


 しかしどんなに探しても──家具などを透過して見ても──札は二枚しか見当たらなかった。


 ならばとにかく、もう一枚分の札の魔力を早急に我へと戻してもらわなければ……。


 そのためには、どうするのが正解なのか。


 ところどころ途切れる思考を懸命に繋ぎ合わせ、死灰栖はじっくりと作戦を練り始めた。









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