見た目
奏が言いにくそうに視線を逸らすなど初めてのことであった為、ラズリは訝し気に首を傾げた。
「どうしたの? 私を助けた理由って、そんなに言い難いことなの?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」
言いながら、奏は中々内容を話そうとはしない。
その時点で既に言い難いと言っているようなものなのだが、そのことに気付いていないらしく、明言を避けているようだ。
「言えないってことは、疚しいことがあるっていうことよね?」
相手は魔性。助けられるということは、やはりそれなりの代償が必要なのだろう。
言い淀む奏に、ラズリは彼の赤い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私は何を言われても大丈夫。どうせもう失うものなんてないんだから、代償が必要ならなんでも言って」
と言っても、命以外にあげられる物なんて、何一つ持っていないのだけれど。
そう言った瞬間、赤い瞳が大きく見開かれる。
そのまま暫く目が合った状態で凝視され、ラズリは緊張に生唾を飲んだ。
どうしてこんなに驚いた顔をするんだろう? そんなに驚かれるようなことを言った覚えはないのに。
それとも、奏の求める代償とは、それ程までに大きなものなのだろうか?
予想がつかない為何も言うことができず、ラズリはただただ奏を見つめ続ける。
すると、ややあって再び視線を逸らした奏は、確認するかのようにポツリと問いを口にした。
「本当に、なんでも良いのか?」
「ええ。と言っても、私があげられる物なんて殆どないけど……それで良ければ」
漸く代償についての答えをもらえそうで、ラズリは機嫌良く請け負う。
だが、次に奏が発した言葉は、そんな彼女の予想を遥かに超えるものだった。
「だったら……お前。代償としてラズリ自身が欲しいんだけど、それって貰えるか?」
「え……わ、私自身!?」
あまりにも予想外のことを言われ、ラズリの声が裏返る。
なんでも良いとは言ったが、まさか自分自身だと言われるとは。
「なんだよ、駄目なのか? お前が持ってるもんで間違いないだろ?」
拗ねたように言う奏に、間違いではないけど……と言いつつ、考える。
自分自身というのは、自分の持ち物という認識で良いのだろうか?
というより、自分なんてどうやってあげれば良いのだろう?
想定していなかった物を求められ、困惑するラズリ見て、奏の赤い瞳が笑みの形に細められた。
「何も難しく考える必要はない。俺はラズリのことが気に入ったから助けただけだし、俺の願いはこの先ずっとラズリと一緒にいることだ。だから取り敢えず、俺から離れないって約束してくれれば、それで良い」
「そんな事で良いの?」
キョトンとするラズリに、奏は笑顔で頷く。
彼の願いが自分と一緒にいるという事であるなら、それはラズリにとって願ったり叶ったりだ。
天涯孤独になってしまった自分は頼る人など一人もいないし、世の中の理を知らなすぎるから、一人では絶対に生きていけないと思うから。
そのうえ王宮の人間にまで狙われているとなれば、誰かの助けは必要不可欠。しかもその助けが魔性である奏から得られるのであれば、何も怖いものはない。
「だったら私はそれで良いけど……奏はどうして私のことが気に入ったの?」
こんなにも格好良いのに。
不思議に思って尋ねると、彼の答えはとても単純なものだった。
「え、見た目」
「見た目!? うそっ!?」
理由として、一番信じられないことを言われて、一気に奏の胡散臭さが増す。
「奏……いくらなんでも、その理由は厳しいと思わない? どんなに贔屓目に見ても、私の見た目は平凡の一言に尽きると思うんだけど……」
吐くならもうちょっとマシな嘘を吐いて欲しかったと頭を振って言えば、「嘘じゃないって」と笑顔で返された。
「人の好み好き好きって言うだろ? 絶世の美女は基本的には美人に見えるけど、それが不細工に見える奴も一定数いるってこと。分かったか?」
「分かったような、分からないような……。絶世の美女は誰が見ても美人に見えるような気がするけど……」
おそらく奏が言いたいのは、自分は大多数が認める美人ではなく、少数の不細工の方が可愛く見えるということなんだろう。
でも、その言い方だと自分は不細工の部類に入るっていうこと? と、ラズリは何だか複雑な気持ちになる。
確かに自分で自分のことを平凡だと言ったし、決して美人ではないと思うけど、それはそれで面白くないような。
いまいち納得できず、浮かない顔をするラズリだったが、奏はそんなことお構いなしに遥か前方を指さすと、こう言ってきた。
「先ずはあの辺の街にでも行ってみるか。今日は色々あって疲れたし、ゆっくり休みたいだろ?」
言われてラズリは、自分がとても疲弊していることに気が付く。
今の今まで気が張っていた為なんとも思っていなかったが、そう言われると身体がとても怠いような気がする。
「だけど私、お金なんて持ってないわ」
確か、街で物を買ったり宿に泊まったりするのには、お金が必要となる筈だ。
しかし、ラズリの村では物々交換が主流であった為、お金のやり取りはしておらず、ラズリはお金を持っていない。
魔性である奏は当然、人間とやり取りする必要などないだろうから、何も持っていない筈。
「どうしよう……」
これから稼ぐにしても、どうしたら良いのか分からない。
「んな心配しなくても、何とかなるって」
あまりにも楽天的に奏は言うが、魔性である彼にそんなことを言われても、安心できる筈などなくて。
「お金の問題は絶対に何とかならないわよ……」
「大丈夫だって。取り敢えず行ってみようぜ」
頭を抱えるラズリを気に留めることなく、奏は街へ向かった。