心の機微
「……ところでさあ、なんでアイツって、あんなに性格悪いわけ?」
透耶と青麻が宿屋からいなくなった後、奏はおもむろに闇へと尋ねた。
人間の醜悪さは知っている。だから相手が人間であれば、何も不思議に思うことはない。
だが、天使は違う。少なくとも奏の知る天使の中に、人間のような醜悪さを持つものは一人としていなかった。
だからこそ疑問に思う。アイツの内面は、どうしてああも醜悪なのか、と。
ラズリは違う。彼女は天使の血を引いていることが傍から見ても分かるぐらいに清らかな心を持っている。
だけど、アイツは? ラズリの半身だと思われるあの男は、見た目以外でそれらしきところが全くない。
あれのどこが天使なんだ? 天使の皮を被った魔性だと言われた方が、よほど納得できるぐらいだ。
一体何をどうしたら、あんなにも醜い化け物ができる?
そんな風に考えながら口にした質問だったのだが、闇はわざとでもなんでもなく、心底誰のことを言っているのか分からなかったようで、不思議そうに首を傾げた。
「それは……どなたのことを仰っているのですか?」
え、まさか。
奏は本気で疑問に思う。
闇が誰のことを言っているか分からないなんて、そんなことあるのか?
いつも、どんな時でも自分の言いたいことを間違いなく察し、的確な答えをくれる闇が分からない──なんて。
「お前それ、本気で言ってる?」
言ってから、闇は冗談なんて性格的に絶対に言わないよな、と思い直した。
つまり、本当に本気で闇は、奏が誰のことについて聞いたのか、心当たりがないのだ。
「……なんだか侮辱されているようで気分が悪いのですが、ハッキリ言って性格の悪い方など数えきれないほどおられますし、正直貴方も……他人をどうこう言えるような性格をしていませんよね? ですから、そのように曖昧な言い方で問われても、答えることはできないのですが……」
「ああ、そうですか。性格が悪くて申し訳なかったな」
嫌味のつもりで言い返せば、「それも含めて奏だと思っていますので構いませんよ。善人になった貴方など、気持ち悪くて傍に寄る気も起こりませんので」などと、満面の笑みで言われてしまった。
「それで? 実際貴方は、どなたのことを仰りたかったのです?」
いきなり真面目な顔をした闇に、奏は少々気が抜けながらも王宮で出会った青年のことを口にする。
それを耳にした瞬間、闇は表情を固くし、何かを躊躇うかのようなそぶりを見せた。
「……闇、お前もしかして、なんか知ってる?」
当然ながら、闇の変化を見逃す奏ではない。
彼の友人は普段から無表情で滅多に感情を表に出さないため、奏は最初のうち闇の気持ちが全く読めず、ことさら苦労した。
そんな奏に対し、闇はひたすら「主人が配下の気持ちを慮る必要はない」の一点張りで、奏がどんなにその時々の気持ちを尋ねても、教えて欲しいと懇願しても、「思うことはない」としか答えてはくれなかった。
それからもずっと苦労して、努力に努力を重ねて、なんとか主従関係を友達関係へと──気を抜くと、闇はすぐに主従関係へと戻ろうとするが──移行し、長い間一緒にいながらも観察を続けることで、ようやく彼の感情の機微が理解できるようになったのだ。
出会った当初であれば、確実に見逃していただろう闇の心の僅かな動き。
しかし今の奏にしてみれば、手に取るように分かってしまう、ハッキリとした動揺だった。
「いえ、私は別に何も……」
それでもなんとか誤魔化そうと言葉を紡ぐ闇に。
「お前……俺に隠し事ができると思ってるのか? 思ってないよな? 分かってるなら素直に話せ」
奏にしては珍しく温度のない声で、そう、告げた──。




