天使の悪意
夢の中で、ラズリは苦しんでいた。
人々の憎悪に晒され、身動きが取れず、ただ小さく縮こまって耳を塞ぐ。そうしたところで周囲の悪意からは逃れられず、耳を突く罵詈雑言は容赦なく彼女の心を傷つけ、精神を追い詰めてくる。
何故──どうして自分ばかりが責められるのだろう。特に何をした覚えもないのに。
人に迷惑をかけないよう、気に障らないよう、ラズリはずっと気にしながら生活してきた。
少しでも機嫌を損ねれば怒られる、殴られる、暗い地下室に閉じ込めて罰せられる。
自分と同じ年頃の子供達は誰一人としてそんなことはされないのに、何故自分だけが──。
いくら疑問に思っても尋ねる勇気がなく、そうすることでまた大人達の不興を買うことを知っていたから、結局のところ黙って耐え続けることしかできなかった。
そんな時──自分を庇うために飛び出してきてくれた少年の面影を、ラズリは唐突に思い出した。
自分と同じ色をしたサラサラの髪、光の当たり方によって金にも茶色にも見える不思議な色の瞳。
こうして細部まで思い出してみると、先ほど王宮で出会った青年は、過去ラズリが辛い思いをしていた村の中で、たった一人彼女を助けようとしてくれた少年に間違いなかった。
「そんな人を……私は……」
平手打ちしてしまったのかと、今更ながら激しい後悔が募る。
彼の話を詳しく聞いたわけでもなく、自分の大切な人達を殺したのは──殺すよう命令したのは彼なのだと、その時の事実だけを頭に浮かべて問答無用で彼の頬を打った。
もしかしたら、新しい村でも自分が酷い目に遭っていると思い込んで、そんな命令を下しただけかもしれないのに。
自分が住んでいた村の事情を知らずにそんな命令を下す彼も彼だが、話を聞かずに平手打ちをした自分にも否はある。
たった二人きりの兄妹なのに……。
そこで、ラズリはふと新たな疑問が頭に浮かび、眉をひそめた。
自分と彼は兄妹。なのに、自分だけが村の人達に酷い目に遭わされていたのは何故だろう?
自分達が兄妹だというのなら、二人の境遇は同じはず。男と女という違いはあれど、どちらも年端のいかない子供同士。さほど違いはなかっただろうに。
どうして、どうして、どうして──。
実はラズリの知らないうちに、その村は悪意に呑み込まれていた。
というのも、天使の母親と死に別れた後ラズリを探して村へと辿り着いたルーチェが、彼女の能力の発現を促すため、村中の人間達を魅了し操っていたからだ。
無論、彼女を庇い飛び出したのも、計算し尽くした彼の演技によるものだった。
自らの出自を知らず、生まれてすぐに親から捨てられたラズリは普通の人間の子として拾われ、育てられたせいで成長速度は普通の人間と全く変わらず、だからこそ異様な村人達の雰囲気に気づくことができなかった。彼女がルーチェと同じように天使である母親のもとで育てられていたのなら、村人達の発する異様な気配を察することができたかもしれないのに。
それができなかったからこそ、ラズリはルーチェの思惑通りに村人達から虐待され、地下室へ閉じ込められ、そこで死灰栖に目を付けられたのだ。
結果、その力を暴走させ、村ごと消滅させられる──これを為したのはラズリではないが、ルーチェはその事実を知らない──こととなってしまったのは、ルーチェにとって完全に予想外であったが。
あまりにも大きな力の暴走──と、今もルーチェは信じている──であったため、いくら天使の能力を持つといえど、その時はまだ幼い子供であったルーチェは、さすがに自分一人が逃げ出すことだけで精一杯だった。
できればそのままラズリを連れ去ってしまいたかったが、そんな余裕があるはずもなく──彼女とは、そのまま生き別れとなってしまったのだ。
それから後、ラズリを見つけ出すまで、こうも年月を必要とするとは、さすがの彼も思ってもみなかった。




