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平凡な私のどこに、奪い合う価値があるのでしょうか?  作者: 迦陵れん
第二章 天涯孤独になりました
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無償の親切

「……で? これからどうする?」


 ミルドから逃れるため、適当に飛んで逃げ出した空中で、奏がラズリへと声をかけてくる。


「取り敢えず王宮へ向かって行くか、それとも逆方向へ行くか。俺はラズリのしたいようにするけど」


 好きな方を選べと言われ、ラズリはゆっくりと周囲を見回す。


 ラズリの住んでいた村は、随分と深い森の中にあったようで、ここまでかなりの距離を飛んで来たような気がするのに、二人の足元には未だ森が広がっている。


 随分遠くの方に、先が見えない程に高く聳え立つ建物が見えるが、造形的に、恐らくあれが王城なのだろう。


 大切な物を自分から全て奪った、元凶のいる場所──。


 君主がどんな人物であるのかは分からない。


 だが、自分の敵であることだけは確かだ。


 あんな立派な場所に住んでいながら、どうしてあんな暴挙に出たのか。


 できるなら今すぐにでもあそこへ乗り込んで行って、その命令を下した人物を問い詰めてやりたい。けれど相手が自分のことを欲しているのであれば、それは向こうを喜ばせることにしかならないから、絶対にしたくない。


 相反する気持ちを抱え、ラズリは王城を鋭い目で睨み付ける。


 絶対にいつかは、自分をこんな境遇へ追い込んだ張本人に、理由を問い詰めに行く。


 だけど、それは確実に今ではない。


 かといって、反対方向へ行くというのは、流石に違う気もして。


「取り敢えず、近くの町か村に下ろしてくれる? 私は住んでいた村のことしか知らないから、この世界のことを色々知るところから始めたいわ」


 暫く考えた後、ラズリはそう提案した。


「分かった。確かにそれが一番良いかもしれないな」


 奏が頷き、ゆっくりと飛行を開始する。


 本当はもっと早く飛べるだろうに、恐らくラズリのことを気遣ってくれているのだろう。


 魔性であるのに、彼は本当にどこまでも優しい。


 何故、初対面の自分にそこまで優しくしてくれるのか。彼は何故、自分を助けに来てくれたのか。


 そういえば、肝心なその理由を聞き忘れていたと、唐突に思い出す。


 今なら聞くのに丁度良い機会だと、ラズリは口を開いた。


「一つ聞きたいことがあるんだけど……いい?」

「なんだ?」


 森の上空を飛びながら、奏が優しい瞳で見つめてくる。


 至近距離から向けられた視線に、ラズリの胸は予期せず高鳴った。


 けれど、今はときめいている場合ではないと、脈打つ胸を懸命に落ち着かせながら、ラズリは次の言葉を紡ぐ。


「あのね、奏はどうして私を助けに来てくれたの?」


 さっきまでは、時間がなくて聞けなかった問い。


 気になってはいたものの、とてもそれどころではなかったし、すぐにミルド達が姿を現したことにより、今の今まで聞くことができなかった。


 無条件で助けてくれるなら、いっそ理由なんてどうでも良いとさえ思えるが、それでも一応聞くだけは聞いておきたい。


 本来ならば人間と敵対しているはずの魔性が、人間である自分を助けてくれるだけでもあり得ないのに、その対価すら求められないのは、どう考えてもおかしいと思うから。


「私は魔性のことをよく知らないし、だからこそあなたが魔性というだけで差別したりはしないけど、魔性だとか人間だとかは関係なく、無償の親切はないって言われて育ってきたから……」

 

 ラズリの住んでいた村の人達は、基本的に親切な人達ばかりだった。


 でもやはり全員が全員そうではなくて、その中の数人は、他の村人達にいくら野菜や薬草を貰おうと、体調不良で仕事が滞っている時に手伝って貰おうと、お礼の一つすら言わない者達だったのだ。


 それでも村人達は、何ら気にすることなく彼等にも平等に親切にしていたのだけれど──。


 ある日突然、礼儀を失した者達が、村から忽然と姿を消した。


 なんの前触れもなく、突然に。


 ラズリはそのことに驚き、何か手掛かりはないかと彼等の家に行ってみたのだが、家の中は住んでいたそのままの状態になっていて。引っ越した様子なんて微塵も感じられなかった。


 だから不審に思って祖父に尋ねたところ──『彼等のことは忘れるんだ』と、言葉少なに言われたのだ。


 その理由をどんなに聞いても、祖父はそれ以上教えてくれることはなかった。


 ただ一言だけ「無償の親切なんてない」とだけ、随分後になってから言われ、そのことを他の村人達に聞いてみたら「世の中は助け合いで回ってるんだ。特に俺らの村みたいなところはな。無償の親切なんてできる奴は、余程恵まれた生活をしてなきゃ無理なんだよ。つまり、そういうことだ」と答えてくれた。


 あの時は、そういうこととはどういうことなのか理解できなかったが、自分で育てた野菜を村の人達にお裾分けするようになって、ラズリは漸くその意味を知ることができたのだ。


 親切心で周りに与えるだけでは、自分達は暮らしていけない。


 人間関係を良好にするために与えられる物は与えるけれど、替わりとなるお礼を貰わなければ、自分達の絶対必要量が足りなくなってしまうということに。


「だから教えてほしいの。あなたは私を助けて、替わりに何が欲しいの? 分かってると思うけど、私は人にあげられるような物なんて何も持ってない。もしも、私の命が欲しいって言うんだったら──」

「あ~違う違う! 俺は別に命なんかいらないって。そんなもん貰ったところで、どうしようもないし」


 焦ったように言われた言葉に、取り敢えずラズリはほっと息を吐く。


 もし本当に命が欲しいと言われたら、これから何処に連れて行かれるのだろうと、恐怖に怯えるところだったから。


 けれど、違うのならば安心だ。


「じゃあ、どうして?」


 首を傾げて尋ねると、奏は何故か言いにくそうに、赤い瞳を逸らした。


 


 

 


 

 


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