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平凡な私のどこに、奪い合う価値があるのでしょうか?  作者: 迦陵れん
第十一章 譲れないもの

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囚われた瞳

「おいで、おいで……」


 死灰栖の魔力が封じ込めてあるであろう札に向かって、美貌の青年が語りかけている。


 その様を、死灰栖は青年の背後からじっと見つめていた。


 あんなものに自分の魔力が封じ込められたせいで、今回のような事態が起きた。ならば、処分すべきはあの札だ。


 それは分かっているのだが、あれは魔力による攻撃を受け付けないため、どうしたら処分できるのかが分からない。札に呼びかける青年を見れば何か分かるかもしれないと思ったが、どうやらそれも無理なようだ。あの札さえなければ、目の前の青年など一瞬で消滅させてやるというのに。


 どうする……?


 何もせず、青年を見つめたままでは、ここへ来た意味すらない。


 数瞬悩んだ後、死灰栖は札への攻撃を諦め、標的を青年へと変えることにした。


 どちらにしろ妙な札を処分した後、青年も殺すつもりであったのだ。札を先にしようと思ったのは、青年を消してしまえば札の中にある自分の魔力を取り戻すことができなくなると考えたからに他ならない。


 だが、見つめていても状況は変わらないし、激しい頭痛と倦怠感とに襲われながら、死灰栖は最後の気力を振り絞った状態でここへ立っているのだ。魔力を取り戻す方法が分からない以上、すぐに次の行動へ移る必要があった。


「……ままよ」


 呟くと、死灰栖は背後からいきなり青年の首をつかみ、彼の足が地に着かないよう高く持ち上げた。


「うぐっ⁉︎」


 青年は、死灰栖が背後にいることに全く気付いていなかったようだ。


 一瞬苦し気な声を上げると、面白いほど簡単に持ち上げられた。


 彼を殺すことは簡単だが、それでは何も聞き出せなくなってしまう。今最も必要なのは、札の中の魔力を取り戻す方法だ。


 前回の取引は上手くいかなかったが、青年も自らの命がかかっているとなれば、今回はさすがに応じるだろう。否、応じなければ、本当に命を奪ってしまってもよい。


 それほどに死灰栖の立場も生命も、危ういものとなっていた。


 札によって大半の魔力を吸い尽くされ、動くことすらままならなくなってしまった今、どう足掻いても魔神になれる道が見えない。


 魔神とは、全身から溢れ出る圧倒的な魔力と存在感、その二つを必ず持ち合わせているものであるから。


 なのに今の自分は、そのどちらも持ち合わせてはいない。


 目の前にいる人間が作った妙な札のせいで、すべて奪われた。その贖罪をさせなければ──。


「貴様……死にたくなければ我の魔力を今すぐ返せ」


 地を這うような低い声で、死灰栖は背後から青年に告げる。


 これは取引ではない。命令だ。


 拒否した時点で青年の命を奪う、絶対的な力関係のもとに下した命令。


「貴様とて死にたくはないだろう? さあ──」


 瞬間、青年が乱暴に首をねじ曲げたと思ったら、凄い勢いで振り返るのと同時に死灰栖の瞳を睨み付けてきた。


「あ……っ」


 しまった──と思う間もなく、死灰栖の灰色の瞳は黄金色の光に囚われる。


「あ……やめ、ろ……」


 マズい──この瞳は危険だ。


 頭の中で警鐘が鳴り響くのに、どうしても黄金色の瞳から目をそらすことができない。


「やめろ……やめろ……!」


 声を上げても、徐々に意識は遠ざかっていく。


 このままでは──!


 なんとか活路を見出そうとするも、青年の首をつかんでいた手からは力が抜け、意に反して彼を自由にしてしまった。


 それにより床へと着地した青年は、真正面から死灰栖と視線を合わせ、弧を描くように口角を吊り上げた。


「形勢逆転だね」

「あ……ああ……あ……我……は……」


 死灰栖が自分の意思で言葉を紡ぐことができたのは、そこまでだった。


 弱っていた死灰栖の思考は黄金色の光に侵食され、塗り潰され、そして──……。


 完全に、消失したのだ──。







 




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