不安
不意に動きを止めたラズリを、闇と青氷の魔神が不思議そうに見つめてくる。
けれど、そんな彼らの視線を受けても、ラズリは手を動かすことができなかった。
「ラズリ殿?」
何かあったのかと、闇が心配そうに顔を覗き込んでくるも、ラズリはただ俯くだけ。唇をかみしめ、伸ばしかけていた手を引っ込めてしまう。
「どうしたのですか? 何か心配ごとでも──」
「おい、何なのだ? 貴様でなければあの紙切れは剥がせないと聞いたぞ。だったらグズグズしないでさっさと……ブヘッ!」
「お前さあ……もうちょっと思いやりってものを持てよな……」
聞き慣れた声に、ラズリが勢いよく顔を上げる。
するとそこには、ベッドに突っ伏した青氷の魔神の頭を踏みつける奏の姿があった。
「奏……!」
彼を見て嬉しそうな顔をするラズリと、勢いよく頭を起こし、蠅を追い払うように自身の肩の周りを飛び跳ねる奏を、手で払う青氷の魔神。
「奏、お前っ! 今の絶対わざとだろう!」
「えー? 転移して戻ったら、ちょうど良いところにお前の頭があっただけなんだけど? 妙な言いがかりをつけないで欲しいなあ」
「貴様ぁっ! 魔神である余の頭を踏む魔性など、貴様以外には一人もいないと断言できるぞ! 全く失礼極まりない!」
「え? じゃあ俺って、めちゃめちゃ貴重な人材っていうことじゃね?」
「そんなことは言っていない!」
魔神の方は真剣に怒っているのだろうが、奏を見ていると揶揄って遊んでいるようにしか見えない。
これ、どうしたら良いんだろ……。
困ったようにラズリが見つめていると、その視線に気付いた奏が、ラズリの隣へ──青氷の魔神を押しのけ──腰を下ろした。
「ラズリ、大丈夫だ。こいつは札を剥がしても、女魔性の時みたいに消えたりはしない」
それはまさに、ラズリが最も不安に思っていたことだった。
札を剥がす上で気になっていることは色々あれど、やはり一番の不安は札を剥がすのと引き換えに青年が消えてしまわないかということで。
女魔性が消失したのは、全ての魔力が札に吸収されつくしてしまったせいだと言われたけれど、もしその引き金を自分が引いていたとしたらどうだろう? 実はラズリが札を剥がしたことがきっかけとなって、女魔性が消失したのだとしたら?
目の前にいる青年も、札を剥がした瞬間、同じように消えてしまうかもしれない。よりによって、青氷の魔神が側近として大切にしている青年が。
そうしたら自分はどうなる? まず無事では済まないに違いない。
よしんば奏が庇ってくれたとしても、相手は魔神だ。いくら奏でも敵わないだろう。
そう考えると、どうしても踏み切れなくて。本当に青年から札を剥がして良いものか。
「奏、私……」
しかし、そんなラズリの不安を奏は笑顔で払拭してくれた。
「だ~いじょうぶ。ラズリが心配してるようなことには絶対ならないって俺が保証する。だから早いとこ札を剥がして、こいつを救ってやろうぜ」
「ラズリ殿、どうかお願い致します」
「人間などに頼む理由はよく分からぬが、青麻を助けられるならどうか……よろしく頼む」
奏や闇だけでなく、青氷の魔神までもに真剣な表情でお願いされ、ラズリはようやく覚悟を決める。
もしここで札を剥がさなくとも、遅かれ早かれ魔力が吸収されて青年が消失してしまうのならば、どちらにしても同じだろう。それなら少しでも早く札を剥がしてあげようと思えた。
「じゃあ……いくね」
その言葉とともに、今度こそラズリは青麻に貼られた札に手を伸ばしたのだった。




