結婚式の夜に夫から「お前は愛人だ。愛されるなんて期待するな」と言われました。 お望みどおり愛人になります。貴方ではなく国王陛下の。
それは結婚式が終わった夜の出来事。
「お前は愛人だ」
「俺に愛されるなんて期待するな」
夫となった男はそんなふうに言い放ち、寝室から出て行ってしまった。
あまりの事態に私はベッドの上で呆然と固まってしまう。
せっかく、羞恥心を我慢してスケスケのネグリジェを着たというのに、あまりにも虚しい展開である。
私の名前はローズ。
旧姓は『アリエット』だが、今日から『セグネイル』になったはずだった。
夫である男性の名前はエヴァン。
王国の上位貴族の一つ、セグネイル侯爵家の当主である。
「何ということなの……」
夫の無礼すぎる行動に呆けていた私だったが……いつまでもこうしてはいられない。
とりあえず、この間抜けな格好をどうにかしなければ。
チェストから上着を取り出して、いそいそとネグリジェの上に羽織った。
翌日になって、夫の奇行の原因について調査を始めた。
エヴァンは家にいなかった。
寝室で私に暴言を吐いてからすぐにどこかへ出かけてしまい、朝になっても帰ってこなかったようだ。
信頼できる使用人に命じて調査を頼んだところ……ビックリするほど簡単に、驚愕の事実が発覚した。
「夫に愛人がいるですって……?」
「はい、そのようです……」
実家から連れてきたメイドの女性が、気の毒そうに表情を曇らせる。
夫には愛人がいた。マリーという名前の平民の女のようだ。
少し前まで娼館に勤めていたようだが、最近はパトロンの男から家を買ってもらい、そこに移り住んでいるそうだ。
娼婦としての仕事も辞めており、周囲には「自分はいずれ侯爵夫人になる」と公言しているらしい。
「呆れたこと……どうして、これまで気がつかなかったのかしら?」
当然であるが……婚姻の前には、相手の素行や交友関係を調査するものである。
もちろん、私の実家であるアリエット子爵家もエヴァンの素行を調べたはずなのだが……。
「おそらくですが……旦那様が揉み消していたのかと」
メイドが言いづらそうに目を伏せた。
私の実家であるアリエット子爵家はセグネイル侯爵家から多大な援助を受けている。
おそらく、父はエヴァンに平民の愛人がいることを知っていながら、それを知らないフリをしたのだ。
嫁ぐ私に対してもそれを告げることなく、侯爵家に売り飛ばしたのである。
「あの金の亡者……やってくれたわね」
私は実の父親に向けるとは思えない、忌々しい口調になって爪を噛んだ。
父親は亡くなった前妻の娘である私を冷遇して、後妻とその娘を溺愛していた。
だから長子で跡継ぎであるはずの私を他家に売り飛ばし、家から追い出したのだ。
おそらく、後妻も関わっているだろう。わざわざ愛人のいる男のところに嫁がせるあたり、彼らの悪意がヒシヒシと伝わってくる。
「このままでは、お飾りの妻として冷遇されることになるわね……ひょっとしたら、殺されてしまうかも」
私を娶って何年かしてから事故や病気に見せかけて殺害。平民の娘を後妻として迎えて、侯爵夫人にする。
貴族家の当主がいきなり平民を妻にすれば周囲から非難されるが、後妻であるならば受け入れられることが多い。それを見越しての計画なのだろう。
「あるいは、愛人が産んだ子供をお嬢様の子供として育てるように命じられるかもしれませんね……」
メイドが怒りの表情で言う。
女を舐めきった扱いである。人を何だと思っているのだろう。
「どちらにしても、この家にいたら私の未来は真っ暗よ。このままじゃ破滅してしまうわ」
「逃げてしまいますか? 外に出ることは簡単だと思いますが……」
侯爵家に嫁いできた私であったが、特に見張りなどはつけられることなく自由に外出することを許されている。
それは信頼されているというわけではなく、逃げ出したところでどこにも行くところはないと知っているがゆえの扱いだろう。
侯爵家にしてみれば、実家の子爵家を味方につけた時点で私は詰んでいるのだ。
実家には見捨てられ、上級貴族を敵にしてまで私に味方してくれるものなどいない……そんなふうに考えているに違いない。
「いいわ。逃げましょう」
だが……彼らは知らなかった。
私にはとっておきの逃げ場所がある。
侯爵家の圧力などそよ風のようにはねのけて、私を匿ってくれる頼もしい味方がいるのだ。
「できることなら迷惑はかけたくなかったけど……王妃様を頼ります。昔の縁に助けてもらいましょう」
私はそう言い放ち、よそ行きのドレスへと着替えた。
目指すは王城。この国の頂点に君臨する国王陛下がおわす場所である。
○ ○ ○
「そう……そんなことがあったの。大変だったわね」
私の話を聞くや、彼女は同情したように溜息をついた。
この国の王妃であるカトリーナ・メルエルは輝くような白いドレスを着て、柔らかそうなソファに座っている。
場所は王城にある応接室である。
カトリーナは公爵家の人間だったが、五年前に王太子……現・国王に嫁いで妃になった。今では王妃として王国の女性のトップとして君臨している。
私とカトリーナとの関係はいわゆる『同志』と呼ばれるものだった。
私達は貴族学校の先輩・後輩であり、数年前まで同じ学校に在籍していたのだ。
いくら同じ学校にいるからといって、子爵令嬢と王太子殿下の婚約者である公爵令嬢との間に接点はなかった。
学年も異なっていたため、顔を合わせることすらもないはずである。
そんな私達が親しく付き合うようになったきっかけは、学校の図書館にある一冊の本だった。
その本のタイトルは『王子様と騎士団長様』。若い王子と騎士団長のオジサマとの恋愛を描いたボーイズ・ラブの恋愛小説である。
図書館の奥の奥にしまってあったその本を借りようとした際、同じ本を求めていたカトリーナと鉢合わせになったのだ。
最初は驚き、隠していた趣味を知られてしまったことに顔を青ざめさせた私達であったが……すぐに意気投合した。
文学にせよ芸術にせよ……愛好家というのは同好の士との語り合いを好むものである。
私とカトリーナも例外ではなく、BL小説について誰かと心ゆくまで話したいと思っていた。
私とカトリーナはBL小説を通じて友好を深め、今では親友と呼べるほどの間柄になっている。
出会ったきっかけがきっかけだけに関係を公にはしづらいのだが……それでも、定期的に連絡を取り合う程度には親しい間柄だった。
「私の大切な友達を傷つけるなんて許せないわ…… セグネイル侯爵。そんな男、離婚してしまったらどうかしら?」
「そうしたいのは山々ですけど、父が承知しないと思います。我が家は侯爵家からの資金提供を受けており、離婚されたら援助を打ち切られてしまいますから」
浮気を理由に離婚することは可能だが、実家に私の居場所はないだろう。
実家に戻っても、資金援助を失ってしまったことへの嫌味を言われ続け、もっと酷い嫁ぎ先に売り飛ばされる恐れがあった。
「少なくとも、私の方から離婚はできません。貴族にとって愛人を囲うことは恥とは言えませんし、慰謝料だって微々たるものでしょうから」
「そう、何か他に良い手があればいいのだけど…………そうだわ!」
カトリーナが両手を合わせた。
名案を思いついた時に見せる、昔からの癖である。
「愛人扱いされているのなら、本当に愛人になってしまえば良いのです! そう……私の夫、つまり国王陛下の愛人にね!」
「へ……?」
国王陛下の愛人。それはどういう意味だろう?
ポカンとした顔になっている私に、カトリーナがとっておきの悪戯を披露するように笑った。
「実はね……最近、夫に公妾を迎えようという話が出ているのよ。それにローズを推薦しようと思って」
「公妾?」
公妾というのは王族が特別に迎える妾、すなわち愛人のことである。
この国は『精霊教』という宗教を国教にしているのだが、この宗教は一夫一妻を説いて側室を持つことを禁止していた。
それは国王陛下すら例外ではなく、代々の国王は王妃だけを唯一の妻として、側室や側妃を持っていない。
しかし、それでは王妃に万が一のことがあった場合に王家の血が絶えてしまう可能性がある。
王妃が複数の子を生むことができるとは限らないし、王家の血を存続するための『保険』が必要だった。
そこで作られたのが『公妾』という制度である。
公妾は国王の愛人ではあるものの、私的な愛人とは異なり法律上の地位が与えられており、王妃の職務を補佐して公の場に出ることが認められる。
生まれた子供には一応、王位継承権は与えられるものの、王妃が産んだ子供よりも優先されることはありえない。
あくまでも正当な王太子にもしものことがあった場合の保険として扱われる。
公妾も産んだ子供も王妃の管理下に置かれるため、王妃や嫡子を害して地位を奪うことも不可能だった。
「私の産んだ王子が立太子されているけれど……二人目の子供が生まれる気配がなくてね。大臣から公妾を迎えたほうが良いって話が出ているのよ。私は夫が愛人を迎えるなんて嫌だって突っぱねていたんだけど……ローズだったら許せるわ! 誰よりも信頼する親友である貴女になら、夫をシェアしても構わない!」
「シェアって……パイを分けるんじゃないんだから」
カトリーナはニコニコとした笑顔のまま、それなりに重い話を平然としてきた。
私は予想外の提案にポカンとした顔になりながら、それでもどうにかカトリーナの提案を頭の中で噛み砕いて理解しようと試みる。
「え、えっと……カトリーナ。私、もう結婚してるんだけど、公妾になるなんてことは……」
「ああ、心配いらないわよ。公妾になるための条件はすでに結婚しているか、未亡人であることだから」
「そ、そうなの?」
「そうそう。夫を失った未亡人や年が離れていて子供ができない夫人を救済したりする意味合いもあって作られた制度だから、今のローズにぴったりね!」
「そう……かなあ?」
「そうよ! 間違いないわ!」
正直、馴染みがなさ過ぎて現実感がないのだが……カトリーナにここまで言われると、本当にそれが私にとって正しいことのように思えてきた。
若干、騙されているような気がしなくもないのだが。
「そうと決まれば善は急げね! さっそく、陛下に報告しなくちゃ!」
「えっと……それじゃあ、私は……」
「帰っちゃダメよ。今日は城に泊まっていきなさい!」
引き揚げようとする私をカトリーナが引き止めた。
「ローズが陛下の公妾になるって知ったら、侯爵が阻止するために手を付けようとするかもしれないでしょ! 白い結婚じゃなくなったら、妊娠していないと確認が取れるまでに公妾の話が流れちゃうかもしれない! もう公式の場以外で、あの男とは会わないように。いいわね!?」
「わ、わかったわ……」
熱量と勢いに負けて頷くと、カトリーナは「よろしい!」と満足げに胸を張った。
その後、私は城の客間に通されてそこで生活することになってしまった。
大勢のメイドに世話をされ、着替えも入浴も一人でさせてもらえずに世話を焼かされ……まるでお姫様のような扱いを受けることになる。
私が公妾になることが正式に決定したのは、それから一週間後のことであった。
○ ○ ○
「よくもやってくれたな……ローズ!」
正式に国王陛下の公妾になることが決まり、私は一週間ぶりに夫と面会することになった。
城にやってきた夫はこれでもかと顔を顰め、呪い殺そうとしているんじゃないかといわんばかりの目で睨みつけてくる。
「私の妻でありながら、勝手に公妾の話を受けるだなんて常識を疑う! 貴様は私に恥をかかせるつもりか!?」
王城の応接室で顔を合わせた夫がいきなり怒声を浴びせてきた。
籍はまだ侯爵家にあるものの……私はすでに国王陛下の愛人になることが決まっている。
公妾は国王と王妃の許可なく外出は出来ないため、城の一室での面会となったのだ。
「恥をかかせるだなんて心外です。むしろ、閨で恥をかかされたのは私のほうでは?」
「グッ……その仕返しのつもりか。なんて陰険な女だ! 夫婦喧嘩に国王陛下を巻き込むだなんて、貴様には王家に対する忠誠心はないのか!?」
「おや? 公妾になるのはとても名誉で、忠義あることではないですか。王家への忠誠心を疑われる覚えはありませんわ」
「それは……!」
「それに……妻が公妾になるのが嫌だったら、この話を断れば良かったではありませんか。どうして受けたのです?」
いかに私が冷遇されるとはいえ、夫の許可なくして公妾になることは認められない。
私が公妾になることが決定したということは……すなわち、夫が王家からの提案に頷いたということである。
「それは……仕方がないだろうが。認めなければ、私とマリーとの関係をバラすと言われたのだ。平民の女と浮気をして、妻をないがしろにしていることに罰を与えると……」
夫は苦々しい顔で、吐き捨てるように説明する。
国王陛下……というよりもカトリーナは、夫の女性関係を全て洗い出し、それを取引材料にしたのだ。
平民の女に入れ揚げて貴族の妻をないがしろにするなど、公になれば他の家との信頼を失う行為である。
ましてや、閨で妻を「愛人」呼ばわりしたことがバレようものなら、浮気者以上に人間性を疑われかねない。
「これで俺の計画はパアだ……マリーの産んだ子供を跡継ぎにするつもりだったのに……」
夫が肩を落とし、明らかな失言を漏らす。
どうやら、マリーという浮気相手の子供を私が産んだことにして、正式な次期当主にするつもりだったようだ。
どこまでも馬鹿にしてくれる男である。私の人生を何だと思っているのだろう?
「どうやら、国王陛下の公妾になったのは正解だったようです。あと少しで、見せかけの侯爵夫人として使いつぶされるところでした」
「ぐう……」
「私がいる限り、マリーとやらが産んだ子供が跡継ぎになる未来はありません。侯爵家を継ぐのは、私が産んだ国王陛下の子供ですから」
そう……夫が激怒している最大の理由はそこだった。
公妾というのは国王の愛人ではあるものの、戸籍上はすでに嫁いでいる家の人間として扱われるらしい。
つまり、私が産んだ子供は侯爵家の継承権を有しているのだ。
王妃の子供……つまりカトリーナが産んだ王太子にもしものことがあれば新しく立太子されることになるが、順当にいけば王家から外に出され、戸籍上の家を継ぐことになる。
「侯爵家を継ぐのは貴方の子供ではない。陛下の子供ということになりますね?」
「グ、ウウウウウウウウッ……!」
現実を突きつけると、夫が獣のような声を上げて項垂れた。
公妾になるのは未亡人や、子供ができなかった家の夫人……つまりは種無しの夫を持った女性がなるものと決まっている。
それは跡継ぎを作ることができなかった貴族家に、王家が代わりに種を渡すという意味合いもある制度だったのだ。
私が公妾となったことで、夫は子供ができない男として認定されたことになる。
「社交界は貴方の噂でもちきりだそうですよ……『種無し侯爵』様?」
「あああああああああああああっ! お前のせいだ! お前が勝手なことをしなければ!」
さんざん馬鹿にしていた私から煽られて、とうとう夫の堪忍袋の緒が切れてしまった。
椅子から立ちあがり、私に掴みかかろうと迫ってくる。
「きゃっ!」
「ローズ様に何をする!」
「この不届き者め!」
夫の手が届くよりも先に、控えていた護衛が取り押さえる。
信用できない相手と顔を合わせるのだ。当然ながら護衛くらい用意している。
「離せ! 離せえええええええええええええっ!」
護衛の騎士に取り押さえられながらも、夫はジタバタともがいて私に手を伸ばしてくる。
床を転がりながらも必死に手を伸ばす姿には、ある種の執念のようなものが感じられた。
「やれやれ……王城で騒ぎを起こすだなんて礼儀のない輩がいたものだな」
「あ……」
「うえ……!?」
応接室の扉が開いて、一人の人物が部屋に入ってきた。
その人物の姿を見るや……私は立ち上がって頭を下げ、夫は床に組み伏せられたまま顔を引きつらせる。
「どうやら、君には罰が足りなかったようだね……侯爵」
「こ、国王陛下……」
部屋に入ってきた人物はこの国の最高権力者。
カトリーナの夫である国王――ルイス・メルエル陛下である。
「申し訳ありません……私の夫が」
「構わない。君が悪いわけではないことは知っている……そうだろう、侯爵」
「う……」
ルイス陛下が夫を見下ろし、虫けらでも見るような目になった。
「私の愛妾に暴力を振るおうとするとは良い度胸だ。侯爵は王家を軽んじているのか?」
「そ、そんなことは……」
「ならば現状に不満を言う理由はあるまい? 王の子を自分の跡継ぎとして迎えることができるのだ。名誉なことではないか」
「う……」
夫が言葉に詰まった。
ここで否定の言葉を吐いてしまえば、それは王家を軽んじていると言っているのと同じである。
どれほど不服であろうと、口を噤むしかなかった。
「言っておくが……ローズが産んだ子供以外を跡継ぎにするのは認めない。たとえ貴様が他の女と何人子供を作ったとしても、その子供らに侯爵家の血筋として継承権は発生しない。お前が『種無し』であることは公の事実として認められた。何をしても覆ることはない」
「…………」
「わかったら、さっさと帰って侯爵家を盛り立てるように励むんだな。俺の子のものになる家を?」
「ぐうっ……う……」
夫が立ち上がり、肩を落としてトボトボと部屋から出て行く。
夫は私が子爵家の人間であることを良いことに、あからさまに軽んじた態度を取っていた。
爵位へのこだわりが強いがゆえに、上位者である王族には逆らう意思など持てないのだろう。
「いつから話を聞いていらしたのですか、陛下?」
「最初からだよ、ローズ。カトリーナがお前のことを心配だと泣きつくものだからね」
私の問いに国王陛下が肩をすくめる。
国王陛下はカトリーナのことを溺愛しており、彼女のためならば平気で仕事を放り出し、王の権力を存分に使うほどだった。
「私は……私達夫婦は君に本当に感謝しているのだ。君が公妾になってくれて、本当に助かっている」
ふと思い出したような口調で国王陛下が言う。
「第一子の出産後、カトリーナが次の子供を望めないことがわかった。王家の血筋を守るために他の女性を抱く必要があったのだが……カトリーナが嫌がってね。私としては妻の意に反して妾を抱くつもりはなかったが、そのせいで臣下が『王妃のワガママで王家の未来が危ぶまれている』などと騒ぎ立てるようになってしまった。カトリーナを王妃から下ろすべきだなどと主張する者まで出る始末で、対処に困っていたのだ」
「はあ、そうだったのですか?」
「だから、カトリーナが納得する君が公妾になってくれて本当に助かった。君が王宮に来てから、カトリーナは本当に楽しそうだよ……夫の私が嫉妬してしまうくらいだ」
「ははっ……」
私は乾いた笑みを漏らした。
冗談めいた口調であるが、国王の瞳には本当に嫉妬と執着の感情が宿っている。
私とカトリーナが親しくしていることにジェラシーを抱いているのは、本当のようだった。
「公妾としての立場をわきまえ、王妃様のために心から尽くします」
「そうしてくれると助かるよ。侯爵家のことは適当にあしらっておくから、これからもよろしく頼む」
「はい」
私はほんの少しだけ、カトリーナのことが羨ましくなった。
こんなふうに一途に愛を向けられる人がいてくれるだなんて、本当に幸福なことだと思う。
恵まれない結婚をして、そこから逃れるために公妾という日陰者の道を選んだ私には、カトリーナが得た幸福とは生涯無縁なことだろう。
それから、私は国王の子供を三人産むことになった。男子が一人、女子が二人だ。
カトリーナはやはり二人目以降の子供には恵まれなかったが……私が産んだ子供を我が子のように可愛がってくれて、腹違いの兄である王太子も弟妹を大切にしてくれた。
書類上の夫である侯爵はというと、国王陛下に一喝されて以来、急に身持ちを崩してしまって酒に溺れるようになったらしい。
いくら領地経営に励んだとしても、その成果は自分の子供ではない他人に取られてしまう……それが侯爵の勤労意欲をそぎ落としたようで、仕事も手につかなくなったそうだ。
貴族としての職務を遂行する能力がないとみなされた夫は爵位を剥奪され、領地も没収されたとのこと。
恋人もまた没落した男を見捨てて、離れていったようである。
侯爵から没収した爵位と領地は一時的に王家の預かりとなり、いずれ息子が受け継ぐことになっている。
もちろん、王太子殿下に何事もなければという話であるが……王太子殿下は病気一つすることなく、今日も腹違いの弟妹を引き連れて庭園を走り回っている。
このまま何事もなく成人して、王位を継ぐことだろう。
「ローズ、お茶にしましょう」
「ええ、いいわね。カトリーナ」
カトリーナとの友人関係はその後も変わることなく続いている。
私は親友と季節の花々が咲き乱れる庭園でテーブルを囲んで、遊んでいる子供達を見守った。
夫から愛されることのない人生だったが、それでも私は幸せを手に入れることができた。
親友と子供達に囲まれた生活に不満はない。
きっと、こんな穏やかな日々が死ぬまで続くことだろう。
「おかあさま、お花をつんできました!」
「花でかんむりをつくりました。かぶってください!」
「ええ、もちろんよ。ありがとう」
私は穏やかな笑みで頷いて、愛しい子供達が差し出してくれた花の王冠を頭に載せるのであった。
おわり
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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