カニスタ国の研究室3
投稿順番を間違えておりました。
カニスタ国の研究室2を投稿する前にカニスタ国の研究室3を投稿いたしました。申し訳ありません。
「どうした? 何か問題が?」
私が突然大きな声を出したので、アシュレン様が不安そうにこちらを見る。
「あっ、いえ。公式は覚えているのですが、私それを正式に書き残したことがないな、と思いまして」
公式の存在とその公式を導く過程の書類をカーター様に渡したことはある。でも、こんな細かいことを覚えていられないし誰かに聞かれても説明が面倒だから公式には発表しないと言われ、書類は処分されたのだった。
「では、ジルギスタ国ではせっかくの研究成果を活かしていないのか」
「いえ、毎回薬草課の人が私に今日の乾燥時間を聞きにきていたので伝えていました」
正確には薬草課の人達はカーター様に聞きにくる。その後、私が彼らにカーター様からの伝言だとメモ書きを届けに行っていた。
「ではライラがいなくなった今、どうしているんだ?」
「そうなんです! うっかりしていました。公式がなければ乾燥時間が分かりません」
どうしよう、皆困ってしまう。
品質保持に一番大事なことなのに。
あわあわ、と私が慌てていると、隣からクツクツと笑い声が聞こえてきた。
「アシュレン様? どうされたのですか」
人が焦っているのに、とムッとしながら睨むと。
「いや、すまない。婚約解消から今日に至るまでいろんなことがあったのに全く動じなかったライラの動転する姿が珍しくて」
「だから笑っていたのですか」
「すまないと言っている。それにライラは優しいな」
「えっ?」
突然の褒め言葉に私は眉間に力が入る。
アシュレン様が私を褒めるなんて、何か裏があるのでは?
「そんな難しい顔をするな。他意はない。あれだけ冷遇されていたのに、残してきた人達を心配できる心根に純粋に感心しているんだよ。俺ならザマァ見ろって思ってるだろう」
純粋に褒められていたみたい。そう分かったとたん、かぁ、と頬に熱が集まってくる。
私は褒められ慣れていないからこんな時どう答えればいいか分からない。
アイシャなら可愛く「ありがとうございます」というのだろうか、それとも恥ずかしそうに「そんなことないです」と謙遜するのかな。
正解はどっち? どうすればいい?
どう答えていいか分からず、頬に手を当てもじもじするしか術がない私はきっと可愛げがないだろう。
「あ、あの。兎に角、公式は覚えておりますので書きます。よく使う薬草順に書くのとアルファベット順に書くのどちらがいいですか?」
「ではアルファベット順に。急がなくもいい、午前中かけてゆっくりやってくれ。俺は他の部署に用事で出掛けるが、困ったことがあればフローラに声をかけてくれ」
「分かりました」
ふぅ、と小さく息を吐き、顔の火照りを鎮めるとペン先をインクに浸す。
冷静に、そう思い公式を思い出すと、照れ臭さは消え私は集中して書類にペンを走らせ始めた。
午後からはフローラさん達に加わり薬を作ることに。二人は私の予想より多くの軟膏と湿布薬を作っていた。
「沢山作りましたね」
「薬草課の人達が軟膏が足りないって言っていたのを思い出して。ついでだから多めに作ったのよ」
フローラさんは話しながらもテキパキと軟膏を小瓶に詰めていく。その隣でティックは製造年月日の札を作って小瓶にぶら下げている。こんな雑用、カーター様なら絶対しないわね。
それなら、と私は湿布薬の包装にとりかかる。
湿布薬は布に出来上がった薬を薄く塗布し、その上からとある木の繊維で出来た乾燥防止の薄布を被せる。使用する時はこの薄布を剥がして患部にあてるのだけれど。
「この薄布も改良の余地あり、ですね」
「そうなの?」
「これではせっかく塗布した薬が乾燥してしまいます。もって一ヶ月程度ではありませんか?」
「ええ、それじゃライラはもっと良い方法を知っているの?」
「はい。半年は乾燥せずに品質を保てます。明日作りましょうか?」
「是非! じゃ、今日は湿布薬は瓶に詰めたままにして置いて、布に塗布するのは明日にしましょう」
大きな瓶に詰まっている湿布薬は、蓋をぎゅっと閉めてとりあえず机の隅に。そして私も軟膏詰めに参加することに。
黙々と作業をしていると窓の外から賑やかな子供の声が聞こえてきた。うん、子供? それもかなり大勢。
「王城に子供がいるんですか?」
「ああ、働いている使用人の子供ッすね。親が働いているときはこの近くの託児所に預けられてますから」
そうか、貴族なら乳母がいるけれど平民に人を雇うのは無理。だから親が働いている時は王城で纏めて預かっているらしい。
「時々文官が文字や計算を教えているわ」
「騎士が剣術を教えたりもしてるッすよ」
立ち上がり窓の外を見ると、十人ぐらいの子供が走り回っていた。うん? あの中心にいるのはもしかして室長?
「あの、室長らしき人がいらっしゃるのですが、見間違いでしょうか」
「いえ、きっと本人よ。あの託児所を作ったのは当時宰相をされていた室長のご主人だから、今も時々気にかけているらしいの」
へえ、凄いなあ。
あっ、目が合った、と思うと室長がこちらに来られた。
「お疲れ様。アシュレンから聞いたけど朝から大活躍だそうね」
「そんな! 軟膏と湿布のレシピを渡して薬草の乾燥時間を纏めただけです」
「だけ、じゃないわ。その数時間はこの国の技術数年分の発展に匹敵する。もっと自信を持って」
「ありがとうございます」
むずむず、やっぱり褒められるのは慣れない。
室長も加わり、今後の方針を聞きながら夕方には瓶詰めは終わった。
「お疲れ様、薬草課には俺が持って行くから他の者は片付けをしてくれ。それからライラ、薬草課の人達に紹介したいから付いてきてくれないか?」
「分かりました」
出来上がった瓶を並べた木箱を持とうとしたら、アシュレン様が横からスッと手を伸ばしてくれた。
「ライラはこれらのレシピを持ってくれないか。それから午前中に纏めた薬草の乾燥時間を書いた書類も」
「はい」
私は机に戻ると書類を手に持ち、アシュレン様と一緒に薬草課に向かうことに。
明日も1〜2話投稿いたします。
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