カニスタ国の研究室2
すみません。投稿順番間違えました。こちらがカニスタ国の研究室2 です。
次の日、私はアシュレン様と一緒の馬車で出勤した。
船の中で今後のことについては話をしていて、暫くはナトゥリ侯爵邸でお世話になることが決まっている。
「おはようございます」
「おはようございます、ライラさん。今席を用意してるんでちょっと待ってくださいッス」
昨日は船旅からの帰りということで、昼食を食べてすぐ侯爵邸に帰宅した。
本格的な仕事は今日からだ。
研究室はいくつかの部屋に分かれているけれど、一番手前に全員の机が並ぶ部屋があり、書類仕事はここでするらしい。その隣が実験室で、一番奥が倉庫になる。
「ティック、ありがとう。あとは自分でするから大丈夫よ」
すでに机と椅子は置かれている。私はティックから雑巾を借りるとそれらを拭き始める。ざらっとした汚れがついているから、どこかの倉庫から持ってきてくれたのかも。
「ライラ、掃除をしながらでいいので、今、研究室で行っている開発について説明してもよいか?」
「はい。お願いします」
隣の席はアシュレン様らしく、長い足を組みながら手にした書類に目を通している。室長は予算会議に出席中とのこと。
「まず騎士団から傷薬の改良、それから風邪が流行る時期なのでより効果のある咳止め薬の開発を求められている。あと、これは万年の課題だが、薬の安定した品質管理だな」
なるほど。聴きながら私の頭にいくつかの案が浮かんでくる。あれとかあれが使えそう。
「アシュレン様、まず騎士団の方からご要望の薬ですが、ジルギスタ国で使っていたものをベースに少し改良してはどうかと」
「しかし、研究資料は全てジルギスタ国に置いてきたのだろう。同じものが作れるのか?」
「自分が作った薬のレシピは全て頭に入っているので可能です」
どうしてそんな当然のことを聞くのだろうと首を傾げると、アシュレン様があんぐりとこちらを見ている。
「全部か? それは、調剤する薬草の種類はもちろんその分量や、煮たり熱したりする時間、混ぜるタイミングなど細かな数字を全て覚えているということか」
「はい、もちろん。今まで何百種類と作ってきましたが全て」
しんと静まり返った研究室に違和感を覚え振り返ると、フローラもティックもやり掛けの仕事を手に固まったように私を見ている。
「何百種類もの薬のレシピが頭に……」
「俺、薬草の種類覚えるのに精一杯なのに」
何か私、おかしなこと言ったのかな?
アシュレン様を見ると、顎に手をかけ何やら思案顔。
「それなら、小麦の大量枯れを防ぐ薬のレシピも……」
「もちろん。ですがそれをそのまま使うのは国際問題になりかねないので、多少改良して流通させた方がいいと思います。それでも、もしかしたら問題になるかも知れないけれど」
だって私がこの国に来た途端に、良く似た薬が沢山流通したら、やっぱり怪しいと思うはず。
「いや、それなら大丈夫だ」
「どうして言い切れるんですか?」
「だってライラは雑用すら碌にできなかったんだろ? 薬のレシピなんて知っているはずない。ライラが来てからよく似た薬が流通してもそれはただの偶然だ」
……うわっ、やっぱり腹黒。
綺麗な顔しながら言っていることは下衆い。
ま、確かにその通りなんたけれど。
私が同じ薬を作ったところで、そのことを追求すればカーター様に火の粉がかかる。だって私は薬作りには関わっていないし、薬のレシピも知らないことになっているんだもの。
それでも念の為に改良した方がいいとは思うけど。
本格的な改良じゃなくてもいいから、効果に差し支えなさそうな薬草をちょっと入れるとか。
「とりあえず少しアレンジした軟膏と湿布薬のレシピを書きます。できれば材料となる薬草の下準備からしたいのですが、今回は今あるもので作ろうと思います」
「ライラ! それなら私とティックにその仕事をさせてくれない? 異国の薬のレシピなんてとっても興味深いわ!」
「はい、フローラさん。ではお願いします」
私はペン先にインクをつけレシピを書いていく。注意すべき工程はより詳しく丁寧に。薬作りはとても繊細なものだ。
「ではこの通りお願いします」
「うわっ、こんな細かいレシピ初めて見た。薬草同士を混ぜるタイミングやその時の温度まで一秒、一℃単位で決まっている」
「細かくてすみません。できますか?」
「やる! やってみせるわ!!」
腕まくりをして張り切るフローラの隣で、ティックはぶつぶつと呟きながら顔色を悪くしている。その顔にははっきりと不安の文字が浮かんでいる。
「ティック、分からないところがあればいつでも聞いてね」
「はい! お願いします」
「じゃ、実験室に行くわよ」
張り切るフローラの後ろをティックがついていく。女性が男性に指示を出すなんて、ジルギスタ国では見なかった光景ね。
「それからアシュレン様、薬草の品質の安定についてですが」
「それについても案があるのか?」
「案、というか解決策です」
私の言葉にアシュレン様はアイスブルーの瞳を見開き次いで天を仰いだ。
「俺はもう何を聞いても驚かないことにしたよ」
「はぁ」
どこか遠い目で宙を見るアシュレン様を不思議に思いながら私は説明をすることに。
「薬草の品質が安定しない一番の原因は乾燥させる工程にあります」
薬草のほぼ半分は乾燥させたものを粉状にして使う。それ以外は熱した煮汁や、絞り汁、そのまますり潰した物が多いかな。
「この乾燥というのが厄介で、室温や湿度によって乾燥させる時間を微調整しなければいけないのです。その組み合わせは何千、何万通りとなります」
「まさかそれも暗記しているとか言わないよな?」
「さすがにそれは無理です。ですので計算式を薬草ごとに作りました。この計算式に今日の温度と湿度を入れれば最適な乾燥時間が出てきます」
ジルギスタ国でも薬の品質にばらつきがあることが問題となって、主要な薬草について調べたことがある。あれは私がした作業の中でも最も気の遠くなる作業だったなぁ。分刻みに時間を変え、何度も同じ工程を繰り返す。それを何十種類もの薬草で繰り返し行うのはかなりの根気と集中力が必要だった。
「俺はもしかして物凄いものを持って帰ってきたのかも知れないな。その計算式を纏めて貰うことは可能か?」
「はい、全て暗記して……あっ!」
そうだ、思い出した。あの公式は今まで正式な書類に書いたことがなかったんだ。
つまりジルギスタ国は今、正確な乾燥時間を知ることができない。
投稿順番間違えました。申し訳ありません