解毒薬のゆくえ.5
さらりと仰るけれど、実際はすごく大変だったはず。
できたばかりの薬で、それを服用した人は十人程度。
その状況で他国の国王陛下を納得させ石炭を確保するのだから、いったいどんな話術をつかったのか……とそこまで考えて、あることに思い当たり全身から血の気がひいた。
「……アシュレン様、もしかして」
まさか、とライトブルーの瞳を覗き込めば、私が何を言いたいのか察したようで、気まずそうに視線を逸らした。
いたずらを見つかった子供のように「……大丈夫だった」と呟くが、そういう問題ではない。
「やっぱり。ハドレヌ領で摂れたモニタレスの樹液を口にしたのですね?」
「はっ? 俺のあの症状を知っていながら、樹液を食べたというのか?」
これにはエリオット殿下も驚いたように目を見開く。
あぁ、どうしてその可能性に気がつかなかったのかしら。
分かっていたら絶対に止めたのに。
解毒薬に効果があると分かってもらうためには、まず毒となる樹液を口にし、症状が充分に出たうえで解毒薬を服用する必要がある。
この人は、高熱に侵され紫色の発疹が出た身体で解毒薬を飲み、フラフラの状態で交渉を重ねたのだ。
「ど、どうしてそんな無理をしたのですか……」
「決まっているだろう、俺はライラを奪われないためならなんだってする」
「だからって、……毒を飲まないでください」
アシュレン様は困ったような笑みを浮かべながら、涙声になった私の肩を抱き寄せた。
気づけなかった悔しさと、そこまで想ってくれているのだとういう嬉しさで心の中がぐちゃぐちゃだ。
「では、石炭の輸出が決まったということは……」
「エリオット殿下がスティラ王女殿下の婚約者候補だった理由は、石炭にある。ま、そこはカニスタ国王陛下が決めることなので、俺の口からはなんとも言えないが」
といいつ、アシュレン様は開いたままだった入り口の扉へと向かい、暗い廊下へ向かって声をかければ、数人の男性が姿を見せた。
ターテリア国の護衛騎士と同じ服の人が三名。それから、明らかに身分の高そうな服装の男性が一人いて、その人がアシュレン様と一緒に私のもとへ歩いてきた。
瞳の色こそ赤いけれど、褐色の肌と顔の造りはエリオット殿下とよく似ている。
「弟が迷惑をかけた。申し訳ない。俺はターテリア国の第二王子、カロルだ。弟は誕生日パーティには出席せず、このまま私と一緒に帰国する」
とんでもない人に頭を下げられ動転する私に変わって、アシュレン様が頭を上げるよう言ってくれた。
「そうしてくれると、こちらとしても助かります」
カロル殿下は頭を上げると、今度はエリオット殿下に詰め寄り、その胸ぐらを掴んだ。
「エリオット、お前は隣国でいったい何をしているんだ!」
「あ、兄上がどうしてここに」
「モニタレスの花を実際に見てこいと、国王陛下から命じられたのだ。エリオット、人の研究を盗み公表するなど、盗人のすることだ、恥を知れ。それだけでなく、この国についての無礼な発言は聞き捨てならん」
「ですが、それは本当のこと……」
「まだ言うか。確かにカニスタ国は隣国より劣っていると言われていたが、その認識が変わってきているのを知らないのか? その中でも、薬学は飛びぬけたものがあり、今では一目置かれているほどだ」
カロル殿下の気迫に、エリオット殿下は青ざめ狼狽え始める。
「ターテリア国にとって大事な国となるだろうから、唯一の独身の王族であるお前を誕生日パーティに出席させることにしたんだ」
「では、俺は見捨てられたんじゃなくて……」
「見捨てる? なんのことだ。確かに次期国王は兄に決まったが、だからと言って俺達は見捨てられてなんていないぞ。むしろ、宰相である祖父の顔色ばかり気にするお前のことを心配していた」
がくり、と力が抜けたようにエリオット殿下はその場にしゃがみこんだ。
カロル殿下は呆然と床を見ている弟を憐れむように見下ろすと、私達に視線を戻した。
「弟は何も分かっていなかったようだ。我が国にとってカニスタ国は重要な存在だと考えている。バレイヌレーク病の解毒薬も含め、これからも親交を続けたい」
「それはカニスタ国も同じことです」
カロル殿下は扉の前で待っていた護衛を呼ぶと、エリオット殿下を連れてくるように命じ、部屋を出ていった。
彼らの後ろ姿が暗闇に消えるのを待ってから、改めてアシュレン様を見る。
解毒薬はきちんと効いたようで顔色はよく、元気そうなことにほっとした。
「もう無茶はしないでください」
「そのつもりだ」
肩を竦めながら、アシュレン様は研究室を見渡す。
幸い、壊れた実験器具はなく、明日から予定通り調香できそうだ。
「エリオット殿下はこのあとどうなるのでしょう」
「うーん、本来であれば、不法侵入、盗難未遂で牢屋行きだが、あれでも隣国の王族だからな。貸しを作る意味でも、今回の騒動は他言無用でもみ消し、後日、兄が我が国に有利な協定や条約をとりつけるんじゃないか」
クラウド様のことですから腹黒な笑顔のもと、カニスタ国に有利な条件でいろいろ取り決めてきそう。想像すると、ちょっと怖いものがある。
「それにしても、よくこんな夜中にカロル殿下を研究室へ連れてこられましたね。何と説明したのですか?」
「それには苦労した」
ため息交じりで教えてくれたことによると、アシュレン様と一緒にカニスタ国にきたカロル殿下はお城に泊まることになった。
到着が遅かったこともあり、エリオット殿下には朝、そのことを伝えるつもりだったらしい。
アシュレン様は一度帰宅したのち、私を探しに研究室に来た。でも、鍵がかかっていたから、もう帰ったのかもと窓の明かりを確かめようとしたところ、石を持ったエリオット殿下を見つけたらしい。
すぐに何をしようとしているか理解したアシュレン様は、エリオット殿下を止めることなくカロル殿下を呼びに行ったらしい。もちろんその現場をカロル殿下に見せるためだ。
「花が枯れる前に見せたいと説得している間に、ライラが研究室に戻ったのは想定外だった。てっきり俺と入れ違いに別邸に帰ったのだとばかり思っていたからな」
「薬草課に行っていました。心配をおかけして申し訳ありません」
「ライラが謝ることではない。ただ、あいつがライラを押し倒しているのを見た時は頭が真っ白になり、気がつけば蹴り上げていた」
そう言うと、傷口を確かめるように私の頬に触れる。
「傷跡が残ったらあいつを生かしてはおかない」
「ふふ、これぐらい私の軟膏にかかればなんてことないです」
「そうだな。他に何かされなかったか?」
「平気ですよ。あっ、少し前に髪にキスされたことがあって、その夜は三回も髪を洗ってしまいました」
「チッ、やっぱり今から痕跡の残らない毒を盛ろうか」
なにやら物騒な言葉が聞こえてきましたが、毒が完成したわけではありませんよね?
「暗殺者顔負けの毒を作ってはダメですよ」
「俺なら作れると思う」
「そこは否定してください」
胡乱な目でみれば、クツクツと笑いが返ってきた。
いつもの掛け合いに、張り詰めていた空気が緩む。
「ただいま、ライラ」
言いながら、アシュレン様が私の額に口付けを落とす。
「お帰りなさい、アシュレン様」
久しぶりの声が嬉しくて、私は初めて自分からアシュレン様の胸に飛び込んだ。
アシュレン様は少し驚きつつも優しく私を抱きしめると、「消毒だ」といって髪にたくさんキスを落としてくれた。
ラスト2話は明日、まとめて投稿します。時間はいつもより少し遅れると思います。
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