解毒薬.3
四日後。解毒薬は効き、重症だった患者を残して皆、退院していった。
全員、診療所の近くに住んでいるらしいので、家で安静にしてもらいつつ暫くは毎日通院してもらう予定だ。
結局、今日まで私とアシュレン様は診療所に寝泊まりした。
エリオット殿下は薬を服用されたようで、次の日には回復したと、ブレイクさんが伝えにきてくれた。
ブレイクさんはもう何度も、別荘と診療所を往復してくれている。
その間に、ご両親への報告の手紙を書いたり、エリオット殿下の愚痴に付き合い、我儘に振り回され、すっかり痩せてしまった。
でもいい知らせもひとつ。すべての元凶であるエリオット殿下が一昨日、王都に向け出発した。
なんでも、王都にある大きな診療所で念のため診てもらうらしい。
感謝の言葉も謝罪もないのは、ある意味当然だと受け流した。
「私達はどうしますか?」
「今朝から副作用らしき症状が患者に出てきている。生死に関わることではないが、対処方を考えなくては」
服用した人のうち三分の二が、鼻詰まりを訴えてきた。
とはいえ、初期の風邪程度らしく、熱や頭痛、吐き気といった心配した症状はない。
重い症状でなかったことにホッとしつつも、もう少し残って経過を見たいところだ。
「対処法でよければ幾つかご提案できます。今から別荘に戻って作りましょうか?」
「うーん、予定より長くハドレヌ領に滞在している。兄から頼まれた本の件もあるし、俺が残って作るから、ライラだけでも帰ったほうがいいだろう。ここにも薬草や実験器具はあるが、実験室ほどではない。ライラは戻って、幾つか試薬を作ってくれるか? もしかして作ったころには自然治癒しているかもしれないが」
「分かりました。では午後には出発できるよう準備します」
病室の隅で話をしている私達に、今日退院するグレイと奥さんが礼を言いにきてくれた。
「奥さん、鼻を啜っているようですが、大丈夫ですか?」
「家は診療所の近くですから、急変したらすぐに来ます。おかげさまで、体調はすっかり快復しました。私の作ったアップルパイが原因でこんなことになり申し訳ありません」
「アシュレン様、ライラ様、このたびは本当に申し訳ありませんでした。おかげで妻だけでなく友人家族も元気になりました。ありがとうございます」
「良かったです。それから誰もグレイを責めなかったのだから、気に病むことはないわ」
病気になった人達からも励まされていたけれど、グレイはやはり気にしているみたいでしょんぼりとしている。
「今回のことは偶然起きた不運な事故だ。それに、バレイヌレーク病の解毒薬を開発できたことは大きい。副作用はあるが、その問題をクリアできれば画期的になる。とにかく、皆が快復して俺もほっとした」
グレイは何度も頭を下げ、奥さんと二人で診療所を出ていった。
その後ろ姿を見送ったアシュレン様は、うーんと伸びをしたあと私を見てため息を吐いた。
「婚前旅行らしいことは何ひとつしていないのに、ライラは帰ってしまうんだな」
「残りましょうか?」
「……いや、他にも少しやりたいことがあるから」
スッと視線を逸らすアシュレン様。その顔を私は何度も見たことがある。
私は目を眇めアシュレン様を下から覗きこんだ。
「また、何かを企んでいませんか?」
「いや、何も」
ふっ、と息を吐きながら、何でもないと肩を竦めているけれど、それがますます怪しい。
「今回こそきちんとお話をしてもらいます。アシュレン様、いつも一人で何か企んで行動されますが、私は婚約者なのですよ」
「企んでとは人聞きが悪いな。そうだ、では婚約者らしいことをしてくれたら教えよう」
「それはなんでしょうか?」
婚約者としてそれなりに振る舞っているつもりなのに、と首を傾げれば、アシュレン様は笑みを深くした。
あっ、これ深入りしてはいけないやつだ。そう思ったのに。
「たとえば、ライラから俺にキスをするとか?」
平然ととんでもないことを耳元で言われ、私は固まってしまった。
どうしてそうなるのかと真っ赤な顔で首を振ったのに、アシュレン様は笑みを深くするばかり。
「な、どうしてそうなるのですか。それにここには……」
そう、ここは病室。私がそう目で訴えると、ベッドとベッドの間にあるカーテンをシャッと閉められてしまった。
「うん。これで問題ない」
「大ありだと思います」
小さな女の子の元気そうな笑い声がカーテン越しに聞こえてくる。
その声を背に近付いてくるアシュレン様。
……その後、幾多の攻防を経て真っ赤な顔で頬に口付けした私に、アシュレン様は少々不満足そうにしつつも何をしようとしているか話をしてくれた。
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