カニスタ国の研究室1
沢山の方に読んで頂きありがとうございます。
嬉しいので今日二話投稿しようと思います。
残り一話は数時間後の予定です。
船と馬車を乗り継ぎ一週間、私はカニスタ国にやってきた。出発前に退職届と両親宛に書いた手紙はアシュレン様が代わりに届けてくれた。
必要な服や下着は、用意すると仰ってくれたのを断り、着ていたドレスとアクセサリーを売って、港町で急遽そろえた。意外となんとかなるものね。
「長旅の後で申し訳ないが研究室の皆に早くライラを紹介したくて。疲れていないか?」
王城へ続く石畳みを進む馬車の中、アシュレン様がすまなそうに眉を下げる。
「大丈夫です。むしろ体調はいいですから」
船の中、与えられた部屋で私は殆ど寝て過ごした。始めは船酔いを心配したのだけれど、私には眠りを誘う心地よい揺れにしか感じられず。もちろんそれまで慢性的睡眠不足ということもあるのだけれど。
「確かに顔色が見違えるほど良くなった」
「即席で作った保湿剤も効いたようです」
船には薬草も幾つか積んでいて、暇潰しに保湿剤を作り髪と肌に塗ってみると、予想以上の効果があった。ボロボロだった肌は三日でキメが整い、パサついた髪には艶が。
「ありきたりの薬草で作ってしまうのだから、ライラの才能には驚かされたよ」
「偶然ですよ? いつも成功するとは限りませんし失敗の方が多いです」
「研究なんてそんなものだろう。百失敗して一成功したら立派なものだ」
この人は本当に研究者だ。沢山の失敗の上に成功があることを知っている。カーター様なんて私が失敗するたびに怒鳴り散らしていたのに。
「どうした? 俺の顔に何か付いているか?」
どうやらまじまじと見つめていたようで、アシュレン様が怪訝な視線を私に向けてくる。
「いいえ、今日も格好良いですよ」
「ありがとう、ライラに言われると揶揄われているようにしか思えないな」
一週間一緒に過ごす内に、気安い会話もできるようになった。アシュレン様は見た目よりずっと話しやすい人のよう。腹黒なのは間違いないけれど。
クスクスと笑っていると、白いレンガを積み重ねた城壁が見えてきた。ジルギスタの王城より小さいけれど、それでも立派なお城だ。馬車は城壁をくり抜いたような門を抜けると右に曲がる。
「正面が王城、左が騎士達の練習所、研究室は昔爆発を起こしたことがあったらしく別棟にある」
誰だ、やらかしたの。
「職員は四名、上司の室長、副室長の俺、配属五年目と新人が一人」
「雑用係はいないのですね」
「いないよ。準備片付けは使った人がする。もちろん協力し合うけれどそれが基本だ」
カニスタ国は小さな国。人口も少ないのに職員はジルギスタ国の倍。
「さあ、馬車が止まったようだ。先触れは出したが、受け取ったのは一時間前だろう、全員揃っていれば良いのだが」
馬車を降りた先にあったのは一階建の、予想より大きな研究室。蔦が所々壁づたいに屋根に向かって伸びているから、暫く爆発はしていないよう。
「扉は念のため分厚くできていて重いから気をつけて」
「はい」
これも誰かがやらかした名残でしょうか。確かに不自然なほど分厚い。
アシュレン様が開けてくれた扉の先には長い廊下。そこを歩いて一つ目の扉の前でアシュレン様が立ち止まり首を傾げる。
「どうされましたか?」
「いや、やけに静かだなと思って。みんな研究室の方かな」
そう言うと、さらに進み隣の扉に向かうと軽くノックをして開ける。すると。
「お帰りなさい! 副室長!!」
「将来の伴侶を連れてのご帰還、おめでとうございます」
パーン、というクラッカーの音と共に歓迎の言葉と拍手が飛び交う……けど。
うん? ちょっと待って。
今なんて言った!?
「あ、あの。伴侶?」
目を白黒させながら隣を見上げると、同じように目を丸くしたアシュレン様と視線が合った。そして一拍のちに赤い顔で慌て出す。
「おい、ちょっと待て! これはどういうことだ? 先触れは届かなかったのか?」
「届きましたよ。室長が、アシュレン様が可愛い女の子を連れてくるからお祝いをしようって仰ったんで、急いで用意したんスよ」
「急だったからサンドイッチやベーグルぐらいしか用意できませんでしたけど」
黒髪に茶色い目の男性は、私の手を握るとぶんぶんと強く振る。
「俺、ティックっていいます。アシュレン様のことよろしくお願いします!」
「ティック、いきなり手を握るなんて失礼よ。申し訳ありせん、私フローラと言います。アシュレン様、口は悪いですけど基本的には善人ですから大丈夫です」
赤髪を頭の上で纏めた女性が私の肩をポンと叩く。そばかす顔の人懐っこい笑顔は親しみが持てるんだけれど、絶対、会話が噛み合っていない。
「いやいや、ちょっと待て。室長は! いったいどういう説明をしたらこうなるんだ」
会ってから初めて見る慌てた姿。普段のクールな顔は何処へやら、頬どころか耳まで赤くしている。
「私ならここにいるよ。おかえりアシュレン」
艶のある声に振り返れば、銀色の髪を一つに束ねた四十歳半ばの女性が、涼しげな目元で柔らかな笑みを浮かべ扉の前で立っていた。
「ただいま戻りました。ところで先触れはきちんと読んでいただけたのでしょか?」
「もちろん、ジルギスタ国で優秀な女性を見つけたので連れて帰ると。今まで、言い寄る令嬢に連れない態度ばかり取っていた貴方にしては大きな進歩じゃない」
「ええ、優秀な女性です。この研究室に必要な人です。それがどうして俺の伴侶となるのですか?」
詰め寄るアシュレン様に、室長は悪びれることなくフフッと笑いながらポンと肩を叩く。
「私の願望よ。母としてはあなたの将来も心配でね」
「頼みますから余計なことはしないでください。せっかく来てくれた優秀な人材を逃すつもりですか」
げんなりとした顔で頭を抱えるアシュレン様。もうやめてくれ、と小さな悲鳴が聞こえてくる。
っていうか、母?
アシュレン様のお母様っていうこと?
言われてみれば切れ長の瞳がそっくり。
「あ、あの。初めまして。今日から働かせて頂くライラ・ウィルバスと申します。よろしくお願いします」
気圧されつつも慌てて頭を下げれば、「こちらこそ」とか「よろしくお願いします」とか、声がかかる。
「ライラ、すまない。何か誤解が生じていたようだ」
「ごめんなさい。無粋な息子が強引に連れてきたのがこんなに可愛い人だからつい出しゃばってしまったわ」
「いえ、そんな。えーと、びっくりしましたが大丈夫です」
母息子二人揃って謝られて、私は胸の前で手を振る。
誤解が解けたなら問題ない、はず。
いや、その誤解が生じたことがそもそも問題?
「とりあえず座ってください。腹減ってるでしょう?」
ティックが椅子を持って来て座るように促してくれる。他の人達も自分の椅子を持ってきて大きな作業台を取り囲むように座る。作業台の上には食べ物や飲み物が溢れ返り、急いでここまで用意するのは大変だったろうな、と思う。
「では食べましょう」
室長の声に皆が思い思いに手を伸ばし、食べ物を取っていく。なんていうのか、凄くアットホームな職場だ。
今までの職場とあまりに違う雰囲気に、どうしていいか戸惑っていると、隣に座ったアシュレン様がサンドイッチをお皿に取ってくれ、フローラがオレンジジュースをカップに注いでくれた。
「ライラ、仕事は明日からお願いできるかしら」
室長が優雅に紅茶を飲みながら尋ねてくる。その所作があまりに綺麗で思わず見とれてしまう。
「はい、よろしくお願いします。あの、この国では女性が室長をされることもあるのですか?」
ジルギスタ国の王城でも働いている女性はいるけれど、雑用係ばかり。
「もちろん。要職の半分は女性よ」
「半分もですか!」
カニスタ国は女性の社会進出が進んでいると聞いていたけれどそんなにもいるなんて。
「当たり前っスよ。だって人口の半分は女性なんだから、要職も半分になるでしょう」
当然、とばかりにティックが肉を咀嚼しながら話す。それを隣のフローラが軽く睨む。
「ティック、食べながら話さない、ジルギスタ国では働く令嬢は少ないのよ。ライラ、分からないことが有ればなんでも聞いてね。仕事のことだけじゃなくこの国のこととか、街のこととか、なんでもいいから遠慮しないでね」
「ありがとうございます、フローラさん」
この二人姉弟みたい。しっかり者のお姉さんが弟を叱っているようにしか見えないもの。
「昔は男性しか働いていなかったんだけれど、労働人口が足りなくなってきて。異国から労働者を招こうかって動きもあったけれど、それだとお金が他国に流れてしまうでしょう」
「だから女性も働き出したのですね」
「そう、それだけで労働人口は倍になるから」
フローラさんと私の会話を室長は頷きながら聞いている。その隣ではまだ不機嫌顔のアシュレン様。今日は腹黒さが消えて子供のようだ。なんだかちょっと可愛い。
到着数時間にして、私はこの国に来た自分の決断が正しいことを確信した。
だってこんなに楽しい食事は生まれて初めてですもの。
美味しく食事を摂れるなら、その選択は大抵間違っていない。
ブクマが急に伸びて嬉しく、びっくりしています。
あまりに嬉しいので今日、二話投稿しようと思います。
是非最後までお付き合いください。
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