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【書籍化、コミカライズ】虐げられた秀才令嬢と隣国の腹黒研究者様の甘やかな薬草実験室  作者: 琴乃葉
第2章

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解毒薬.2

 明け方、ブレイクさんがモニタレスの花と薬草を抱えて帰って来た。


「ブレイク、助かる」

「これぐらいしかできませんから。あとは何をすればいいですか?」

「とりあえず今できた解熱剤を診療所の医師に届けたい。それからライラ、そっちはどうだ……ってどうした?」


ビーカーを前にピキッと固まっている私に驚いたのか、アシュレン様が駆け寄ってきた。


「……これは、失敗したのか?」

「ゆっくり火にかけていたのですが、一分前に急にかき混ぜていた匙が重くなり、どうしたのかと思った瞬間、これです」


 目の前にあるビーカー四個のうち、磨り潰し火にかけたものにだけ変化があったのだけれど……。


「ライラが火加減を間違えるはずない。ということは、急に固まったということか。ま、珍しいが、なくは、ない」


 ビーカーの液体がピンクから赤へと変わったと思った瞬間、急に凝固し始めて、匙を抜く間もなく氷のように固まってしまった。ビーカーから垂直に突き出た匙を掴めば、抜けることなくビーカーごと持ち上がる。


「大抵は、徐々に変化があるのですが……」

「これでは使えないな」

「でも、色も形も変わりましたから、溶液と反応したということです。そうだ、アシュレン様、このビーカーを割って中身を取り出し、削ることはできませんでしょうか」

「削る、か。できないことはないだろう、やってみよう」

「木を削るカンナや、食材を摩りおろすのにつかう調理器具ならありますので、私が取ってきます」


 ブレイクさんは本当にフットワークが軽い。

 馬を飛ばして戻ってきたばかりだというのに、感謝だ。

 戻ってきたら少し休んでもらわなきゃ。


「ライラ、硝子で手を傷つけたらいけないから離れていろ」

「それなら私がします」

「俺が許すと思うか?」


 普段は、薬草を磨り潰すのに使う木のすりこぎを片手にじとりと見られては返す言葉がなく、お願いしますと言って数歩下がった。アシュレン様は過保護で私に甘すぎです。


 硝子が飛び散らないように布でビーカーを包んでから、割って中身を取り出す。

 それから、持ってきてくれた調理器具で赤い塊を擦りおろすと粉末状の粉ができる。

 これを、少しずつモニタレスの樹液に入れていくと、大匙五杯目で変化が現れ始めた。


「アシュレン様、見てください。樹液の粘り気が少し弱まってきました!」

「これは、使えるな」


 さらにもうひと匙加えると、蜂蜜ぐらいの粘度になった。トロトロになったモニタレスの樹液を掬い上げスプーンから垂らすと、朝日がそれをきらきらと照らす。

 やっぱり、モニタレスの花には解毒作用があったんだわ。


「多分なのですけれど、モニタレスの花は身体に吸収されにくい性質を持っているのかもしれません。毒の症状が出る前に食べれば、毒が全身に回るのを防ぐことはできますが、発症してからでは、ただ花を食べるだけでは治癒できないのではないでしょうか」

「溶液に浸しその成分を抽出すれば、吸収率は上がる。それでも、大匙六杯が必要だからな。患者全員分作るとなると、かなりの花の量が必要だな。いや、それより……」


 私とアシュレン様は同時に、さきほどブレイクさんが持ってきてくれた薬草を見る。

 その中には、体内に薬を取り入れやすくするものもいくつかあった。


 薬はメインとなる薬草を中心に、その効果を高めるもの、吸収率を上げるもの、副作用をおさえるものなどを混ぜて完成する。

薬草自体にも相性があって、これとこれを混ぜると反対に質が落ちてしまう、効果がなくなる、といったこともざらにあり、また、割合によっても変わってくる。


「擦りおろした粉をメインにして、さらに吸収率をあげた薬を作ろう。問題はどれをどれだけの量、混ぜるかだな」

「そしてタイムリミットはあと半日といったところです」

「うん、ライラがいれば余裕だな」

「ふざけてないで、始めますよ」


 ここまでくると、あとは時間勝負だ。私とアシュレン様はひたすら実験を繰り返し、そして夕方。

 やっと解毒剤が完成した。




 三階に解毒薬をもっていき、医師と白髪交じりの護衛騎士、それから少し解熱剤が効いて意識がしっかりしてきたエリオット殿下に手渡す。


「完成した解毒薬です」

「う、嘘……だろう。我が国を……ずっと悩ませていた風土病、だぞ。何十年も……何百年も研究、しても……できなかったのに、一日で、作ったのか」

「解毒薬の元はモニタレスの花です。花はターテリア国で咲くことがないので、解毒薬の開発に至らなかったのだと思います。ただ」


 そこで言葉を切って、私は小さく深呼吸する。

アシュレン様も隣にいるけれど、この薬の発案者は私なのだから私の口から説明すべき。

だって、これは下手をすると責任問題になるのだから。


「この薬は治験をしていません。解毒作用があるのは分かっていますが、どんな副作用があるかまで調べる時間がありませんでした」

「おい! エリオット殿下にそんな危険なものを飲ませる気か」


 護衛騎士の手が私の腕に伸びてきたけれど、素早くアシュレン様が私を抱き寄せ庇ってくれた。


「話は最後まで聞け。ライラ、続きを言えるか?」

「はい。ありがとうございます。バレイヌレーク病の致死率は二十パーセントで、後遺症が残る可能性はそれより高いというのはご存知だと思います。ですが、若く健康で体力のある人ほど、それらの可能性は低いです。エリオット殿下は解熱剤が少し効いているように見えますので、この薬を飲まなくても命は助かるかもしれません。どうなさるかは、ご自身で決めてください」

「そんな不確かな情報しかないのに殿下に決めさせるなんて、それでも貴様らは研究者か!」

「研究者だからこそ言っているのです。今から診療所に行って、同じ話をしてきます。治験をしない薬を手渡すことに躊躇いはありますが、あと数時間以内に飲まなければ命に関わります。お医師様、薬をお渡しします。申し訳ありませんが、私はこれで失礼します」


 エリオット殿下はおそらく助かると思う。意識もあるし、苦しそうだけれど呼吸もできている。水差しの水も減っていたから水分も取れているのでしょう。

 立ち去ろうとしたところで、エリオット殿下が護衛に命じる声が聞こえた。


「……おい。お前も一緒に診療所に行ってこい。……そして、平民が薬を服用し問題ないか確認しろ」

「分かりました。医師、俺が戻るまで薬はそのままにしておけ」


 ぐっ、とでかかった言葉を飲み込む。

 平民の身体で実験しろとでもいうような内容に、腹の底から怒りがこみあげ、知らず手を握りしめていた。


「ライラ、行くぞ」


 声をかけられ、見上げた先にあったアイスブルーの瞳は、眼光鋭い。

 アシュレン様も同じ気持ちなのだ。でも、ここで反論することはできない。


 命の重さは皆同じだけれど、エリオット殿下が隣国の王子というのも事実。こちらの判断で彼に何かがあれば、国同士の争いに発展しかねない。

 エリオット殿下ご自身の判断に従うのが、カニスタ国のためでもあるのだ。

 



 馬車より馬の方が早いので、アシュレン様とブレイクさんが解毒薬の入ったリュックを背負って持っていくことにした。


「ライラは残ってもいいのだぞ」

「そうはいきません。治験のしていない薬ですよ、開発者は私ですから責任があります」

「ひとりで抱えこむな。何度も言うが研究室の副室長は俺だ。俺が最終的に判断したのだから、責任は俺にある」


 優しく私の髪を撫で、そっと肩を抱き寄せた。


「だから、そう力むな。さっきから泣きそうな顔をしているぞ。それでは患者が動揺してしまう」

「そうですね。すみません」


 アシュレン様の手を借り馬に乗る。

 一番足の速い馬を使用人が用意してくれたらしく、ビュンビュンと風が耳を霞め、景色がどんどん後ろに流れていく。

 診療所までは馬車だと二時間かかるらしいけれど、馬の脚の速さと、馬車では通れない獣道を突き抜けたことで、その半分の時間で辿り着いた。


 ただ、途中で何度か命の危険を感じたせいか、馬から降りた私の足はちょっと頼りない。

 私達の知らないところで、使用人が何度も邸と診療所を行き来して、情報を伝えてくれていたらしく、診療所に入ると医師がすぐに駆け寄ってきた。


「できたのですね?」

「はい。ですが……」


 そこから先は、エリオット殿下に説明したのと同じ内容を、医師、患者、ご家族に話をした。


「む、娘は、ずっと意識が戻らないのです。脈も弱くなっているし……ですから、その薬をください」


 真っ先に手を挙げたのはパーティの主催者であり、主役の父親。ついで、窓際で寝ている老人の家族からも手が上がる。

 医師はすぐに彼らに粉薬と水を手渡し、もう一度、家族に説明を始める。他にも症状の重い患者の家族から手が上がっていき、グレイさんもその中にいた。


「もし、薬が余っていたら、妻にも飲ませたいです。ですが、こうなったのも、すべて私のせい。だから、他の方を優先して……」


 かすれ声のグレイさんの目は真っ赤で、申し訳なさからか背は丸まりこれほど小さくなれないというぐらい身を縮めていた。

 そんなグレイさんに周りから声がかかる。


「グレイ、もう気にするなと言っただろう」

「そうだ、悪いのはうまそうに樹液を食った隣国の王子だ」

「ああ、そんなもの見たら、食べたくなるのは当然だ」


 周囲の人の励ましにグレイが涙ぐむ。アシュレン様がグレイの肩に手を置きながら、薬は人数分あると説明をした。

 私は彼らの発言が気になって、護衛騎士の様子を見る。


「あ、あの……」

「私はエリオット殿下の護衛騎士で、殿下の命が何よりも大事です。ですが、常識と良心がないわけではありません」

「……ありがとうございます」


 どうやら聞かなかったことにしてくれるらしい。ついて来たのが彼で良かったわ。

 アップルパイを少量しか食べていない若い人の中には、解熱剤だけで峠を越えた人もいた。


 運び込まれた人の約半数が薬を飲み、護衛騎士は一時間ほど滞在したのち急変した患者がいないことを確認して、別荘へと戻っていった。


 一日、二日後、いえ、半月後に副作用が出ることもあると説明したほうがいいかしらとアシュレン様に聞いたところ、エリオット殿下は薬学の知識があるので、それは分かっているだろうと言われた。


 確かに、性格に難ありだけれど、薬草のことは知っていたわ。

 私達は別荘に帰ることなく、暫く診療所で過ごすことにする。


 医師達は何かあれば呼びにいくから休むようにとベッドを用意してくれたけれど、彼達も連日徹夜だと思うと眠る気にはなれず、結局その日は朝まで患者の看病を手伝っていた。


編集者さんからのメールってなぜか一日に複数来るんですよね。他社なのに。帰宅したら各社返事をしなくては!

夕方Xにてご報告があります(他の物語です)興味のある方はぜひXを見てください。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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