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【書籍化、コミカライズ】虐げられた秀才令嬢と隣国の腹黒研究者様の甘やかな薬草実験室  作者: 琴乃葉
第2章

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解毒薬.1


 護衛騎士は、エリオット殿下の置かれた立場について、ぽつぽつと話してくれた。

 立場上、すべては語っていないでしょうし、話したことが全部正しいとも限らない。

 ただ、優れた兄達と、祖父からの異常ともいえる期待の狭間でもがいているようだったという言葉は嘘ではないと思った。

 カニスタ国で実績を上げろと言われ留学したのにアシュレン様がそれを妨げた、と聞かされた時は反論したくなったけれど、ぐっと言葉を飲み込む。

 アシュレン様は手の内を見せず本音を語らずなんでもさらりとこなすから、天賦の才があるように思われがちだけれど、そうではない。

もちろん才能はあるけれど、夜遅くまで書物を読み研究を重ねているのを私は知っている。

本人としては触れて欲しくないと思うので口にしたことはないけれど、私はそんな姿を尊敬しているんだ。


「エリオット殿下のライラ様への振る舞いは、だからと言って許されるものではありません。ですが、知っていただきたかったのです」

「分かりました。聞いたお話は私の胸の中だけにしまっておきます。ただ、私はアシュレン様以外と結婚するつもりはありません」

「はい、承知しております。それに、私としては是非、スティラ王女の王配となっていただきたいと思っております」


 それもどうかと思うのだけれど。


 確かに同情の余地はあるけれど、でも周りの環境がどうあれ、どんな生き方をするかは結局のところ本人の意志と選択によると思う。世の中にはその選択肢さえ用意されていない人もいるけれど、エリオット殿下はそうではないはず。




 胸に重たい物を残しつつ、アシュレン様が待っている部屋へと向かう。


 本来なら今頃、二人で楽しくモニタレスの花で実験していたはずなのにと思うけれど、頭を切り替え、私にできることをしようと気持ちを引き締める。


 そう思って部屋に入ったのだけれど、アシュレン様が猿と戯れていた。


「……アシュレン様、遊んでいる場合ではありません」


 思わずジト目で睨んだ私は悪くない。何をしているんですか? この緊急事態に。


「これが遊んでいるように見えるか? 使用人と一緒に、俺の部屋とライラの部屋から追加でテーブルを運び、実験道具を並べようとしたら肩や頭に乗って邪魔をするんだ」

「餌付けするからですよ」


 仕方ないな、とアシュレン様の頭の上で毛づくろいをしている猿に手を伸ばしてふと気がついた。


「アシュレン様、この猿、モニタレスの樹液を舐めていましたよね」

「そうなのか? 俺は見ていなかったが」

「私達が花の採取をしているときです」


 目の端に何度かその姿が入っただけで観察していたわけではないけれど、絶対樹液を舐めていた


「この猿がバレイヌレーク病を発症していないのはどうしてでしょう? 動物はかからないのでしょうか」

「いや、確か、動物……猿だったと思うが、発症例があったはずだ」


 とすると、潜伏期間の問題かしら。でも、と目線を落とせば、床には猿が食い荒らしたモニタレスの花弁が数枚落ちていた。


「……もしかして、この花が解毒剤になったとは考えられませんか?」

「花がか? よし、では試してみよう」


 アシュレン様は当然のように頷くと、床の花弁を拾い始めた。

 突拍子もない思い付きなのに、否定することなく耳を傾けてくる。


 かつては、私の意見なんて求められなかったし、聞かれもしなかった。


 でも、アシュレン様は私を常に尊重してくれる、信じてくれる、それがたまらなく嬉しい。


 私は台所に行って余っているモニタレスの樹液をもらってくると、それをビーカーに移しいれた。

 どろりとした橙色の樹液は蜂蜜よりも粘度が高く、スプーンで掬い上げようとすると、下から引っ張られるような抵抗を感じる。


 実験なのできちんと量りメモを取る準備もした。

 モニタレスの樹液が入ったビーカー中に二センチ四方に切った花弁を入れ、スプーンで混ぜる。

 粘り気があって混ぜにくいのでスプーンは幼児のようにぎゅっと握り、アシュレン様と交代で五分ほど混ぜたのだけれど……。


「特に変わりはないですね」


 毒性の樹液は粘り気がある。

 これで粘度が低くなれば効果があると思ったのだけれど、無理だった。


「……あの」

「いろいろ試してみたいのだろう。やってみろ。解熱剤は俺が作る」


 すべてを言わずとも、アシュレン様は私の気持ちを汲み取ってくれる。


 でも、ひとりで解熱剤づくりは大変、と思ったところで扉が叩かれ、侍女が「手伝うことはありませんか」と声をかけてくれた。どうやらブレイクさんに私達をフォローするように頼まれたらしい。


「薬草の知識はありませんが、切ったり、煮たり、洗ったりはできます」

「それで十分だ。では、この薬草を洗って三センチの長さに切り揃え、三十分間、煮込んでくれ」


 水の量と火加減をさらに詳しく説明すると、侍女は「料理人にも手伝ってもらいます」と言って駆け足で部屋を出ていった。

 私はその間に用意したアルコールランプで花弁を入れた樹液を熱することに。これで樹液の粘度に変化があればと思ったのだけれど、そう上手くはいってくれない。


 猿は相変わらず元気だ。


 もしかすると、樹液を食べてすぐだと効果があるけれど、時間が経つと無理なのかしら。

 でも、たとえそうだとしても、花に解毒の作用があることに変わりない。


「そうすると、どうやってその成分を抽出するかよね」


 香水作りで試した水蒸気を用いた蒸留法はおそらく使えない。香りと解毒成分は質が違うとはいえ、成功の確率は低いと思う。

それなら、もともと試そうと思っていた溶液を用いた抽出方法ならどうかしら。


「アシュレン様、庭でお話した溶液を部屋に取りに行ってきます。ついでに猿は私の部屋に入れておきますね」

「それは助かる」


 ベッドの上で飛び跳ねていた猿を抱え自分の部屋へと向かう。

 途中で使用人を見つけたので猿は預けることにして、一時間置きに様子を見るよう頼む。

 もし猿にも症状が出たら、他の方法を考えなきゃ。


「持ってきました」

「テーブルを二か所に分けておいた。ライラは向こう側を使ってくれ」

「はい」


 用意してくれたテーブルに向かい、抱えていた溶液の入った大瓶をどん、と置く。

アシュレン様が「そんなにも持ってきていたのか」と驚いているけれど、珍しい薬草があったら枯れる前に下準備をして持って帰るつもりだったのだもの。


 溶液の色はピンク色で、四つのビーカーにそれを入れる。次に刻んだ花と磨り潰した花を二つずつ入れた。

 ここまでしたところで、ブレイクさんが帰ってきた。時刻は真夜中の一時。


「ブレイクさん、少し休まれたらいかがですか?」

「お二人が頑張っているのに、そうはいきません」

「私達は時間勝負なので。発症から死亡まで丸一日、身体に解毒剤が吸収される時間も加味すれば、明日の夕方までに作らなければいけません」

「解毒剤? お二人が作っているのは解熱剤ではないのですか?」


 そういえば、ブレイクさんに猿とモニタレスの花の話をしていなかったわ。

 簡単に説明しつつ、解毒剤はアシュレン様が作っていると伝えた。


「私が別荘を離れている数時間の間に、急展開があったのですね」

「ライラはいつもそうだ。発想と着眼点が素晴らしい」


 アシュレン様に手放しで褒められ、嬉しいのと恥ずかしいのが同時に押し寄せてきた。


「た、ただの勘ですから、買いかぶり過ぎです」

「研究者としての実績と知識に基づく勘こそ才能だ。いいかげん自覚と自信を持て」


 そう言われても、心の隅で私なんか、とやっぱり思ってしまう。

 アシュレン様はそんな私の気持ちなんてお見通しとばかりに、「そこがよいところでもあるんだけどな」と付け加えた。


「お二人はお互いを尊敬しあっているのですね。そういう人と一緒になれて羨ましいです。ところで足りない薬草はありますか? 薬は作れませんが、植物に詳しいので採ってくることはできます。モニタレスの花を採りに植物園に行くので、仰っていただければ温室の植物も持って帰ってきますよ」

「今から、植物園に行くのですか? 危険です」

「ですが、ここにある花だけでは足りないのではないですか? 大丈夫です。このあたりは長閑な田舎街ですから、治安がいいです」

「ブレイク、お前の剣の腕前は」

「自慢にもなりませんがからっきしダメです」


 田舎街なので盗賊の類いはいなさそうだけれど、獣が出てくる可能性は高い。

 そんな危ないことをさせられないと思う気持ちがあるも、花が残り少ないのも事実だ。


「ちょっと待っていてくれますか? エリオット殿下の護衛騎士に話の分かる方がいますから、騎士をひとり借りられないか頼んでみます。解毒薬を作っていると言えば協力してくれるはずです。それから御者は私達と一緒に来た人に頼んでみます。彼は元騎士ですから」

「それなら俺が行こう。これでもそれなりの爵位は持っている」

「ありがとうございます。でも、先程話をした感じでは、多分ご理解いただけます。アシュレン様は御者を起こしてお願いしてくれますか?」


 ブレイクさんに私が帰るまで四つのビーカーをかき混ぜるよう頼み、三階へと向かう。


 護衛騎士は二つ返事で引き受けてくれ、若い騎士を二人も貸してくれた。彼らと一緒に二階へと戻り、入れ替わるようにしてブレイクさんが部屋を出ていった。


 さ、どうなったかしらとビーカーを見たのだけれど、やっぱりかき混ぜただけでは四個のビーカーに変化はない。

 そうそう、簡単にはいかない気はしていたのよね。これこそ勘だけれど。


 刻んだもの、磨り潰したものが入った容器が二つずつ。それらのうち一つずつを加熱していく。

 焦がさないように混ぜながら、加熱していないビーカーも混ぜなくてはいけないので忙しい。手が四本欲しい。

 そう思っていたタイミングで手伝うと申し出てくれた侍女が「できました」と鍋に入った薬草汁を持ってきてくれた。さらには「他になにかしましょうか」と言ってくれたので、加熱していないビーカーを混ぜるのを頼む。


 深夜三時だというのに、皆優しい。猿の様子を見るように頼んだ使用人も、一時間おきにきてくれ、静かに寝ていると教えてくれた。特に呼吸も荒くなく、体調には問題ないようだ。


 ということは、ますます、モニタレスの花に解毒作用がある可能性が高くなってきた。

 


この作品は、凄いポーションがいきなりできる!とかではなく、実験の過程をしっかり書こうと思って始めたものです。

ですので、以降数話含め、実験の様子を楽しんでいただけると嬉しいです。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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