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【書籍化、コミカライズ】虐げられた秀才令嬢と隣国の腹黒研究者様の甘やかな薬草実験室  作者: 琴乃葉
第2章

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モニタレスの花と樹液.3


 少し庭を散策したあと部屋へ戻ることにしたのだけれど、玄関先に見慣れない馬車が停まっている。


 こんな時間にどうしたのかと首を傾げつつ、馬車の横を通り抜けエントランスに入ると、白衣を着た若い男性とブレイクさんが深刻な顔で話をしていて、その隣では赤い顔のグレイさんが渡されたお水をぐびぐびと飲んでいた。


「アシュレン様、ライラさん、ちょうど良かった。実は、街の診療所に原因不明の高熱で十人ほど急患が運ばれてきたそうです。伝染病の疑いもあるのですが、医師の話ではその症状に該当する病名に心当たりがないそうで。お二人の知識を貸してください」

「俺達は医師ではないが、できることは協力する。それで、どんな症状なんだ? それから、今、患者は誰が見ている?」


 アシュレン様が話しかけた医師は二十代後半ぐらい。白衣をきたまま駆けつけてきたようで少々狼狽しつつも説明してくれた。


「患者は師匠と兄弟子が診ています。症状ですが突然四十度を超える高熱、それから紫色の発疹が出ているものが数名」

「患者の年齢、性別、それから皆が一斉に運ばれてきたのか?」

「歳は十歳の少女から七十歳の老人まで、まさしく老若男女です。最初に少女が、それから老人と次々と運ばれてきて、全員、今夜開かれた少女の誕生日パーティに出ていたようです」


 そこまで話すと、グレイさんが「すみません」と話に入ってきた。顔が赤かったのは酷くお酒を飲んでいたからのようで、アルコールの匂いがきつい。


「知り合いの誕生日パーティが開かれ、皆で飲み食いしていたんです。最後にアップルパイを食べて、暫くすると主役の少女が熱を出したそうです。初めは、はしゃぎ過ぎたのだろうと皆思っていたのですが、そのうち数人の大人も気分が悪いと言い出したとか……。実は、私は最初に酒を飲み過ぎて早々に寝てしまったので、すべて聞いた話です。時間が経つにつれ症状が重くなっていくので診療所に行ったほうがよいとなったそうです」


 話からして一番考えられるのは食中毒だけれど、それで紫色の発疹は出ない。

他に症状はないかと聞けば、数人が嘔吐、下痢をしているらしい。


「一番の手がかりは紫色の発疹ですね。私が知る限り珍しいものかと」

「ああ、何かの文献で読んだ気がするが……、カニスタ国の本ではなかったな」


 アシュレン様が腕組をして悩んでいると、庭先が急に煩くなった。「ゆっくり運べ」「急げ」と焦る男性の声が数人近づいてくると、乱暴に玄関扉が開かれる。


「……エリオット殿下?」


 そこには体格のよい騎士に背負われたエリオット殿下がいた。

 さっきまで話をしていたときと打って変わって全身をぐったりとさせ息が荒い。


「じ、実は。エリオット殿下が急に倒れられ、熱がすごく高いのです。医師を呼んでください」

「私は医師です。えーと、ひとまず彼をどこかに横にしてください」


 医師がエントランスを見渡し、端に置かれていたベンチを指差す。

 護衛達がエリオット殿下を慎重に降し、ブレイクさんが使用人に身体を冷やすものを持ってくるよう命じた。


「こ、これは。診療所に運ばれた患者と同じ症状です!」


 医師がエリオット殿下の脈を取ろうと腕をまくると、褐色の肌に紫色の発疹がいくつもできていた。

 それは、私が瞬きする間にひとつ、もうひとつと増えていく。


「アシュレン様、症状に心当たりはありませんか?」

「ひとつ。だがそれは、俺よりエリオット殿下が詳しいはず」


 そう言うと、アシュレン様は医師と場所を変わり、発疹の出た腕をエリオット殿下にも見えるように持ち上げた。


「エリオット殿下、見てください。この発疹、発熱、それから近くの診療所には嘔吐と下痢をする者も運ばれてきている。病の名に心当たりは?」

「まさか。……しかし、あれは……我が国の風土病。ここはカニスタ国……だ」

「やはりそうですか。これは、バレイヌレーク病といいターテリア国で十数年に一度流行る風土病だ」

 

 バレイヌレーク病と聞き、かつて本で読んだ内容を思いだした。

 確か、主な症状は発熱、それから全身に紫色の発疹、潜伏期間は数時間から半日、発症から一日で死に至ることがあり、致死率は二十パーセントほどだったはず。


 子供、老人の致死率が体力のある若者より高いのは他の病と変わらず、手足がしびれるなど、後遺症が残る場合もある。


 ターテリア国のみで数十年に一度猛威を振るう病で、他の国で同じ症状の患者が現れないことから、それほど研究が進んでいない。

 こういう考え方はよくないのかもしれないけれど、自国で流行る病の研究を優先してしまうのは仕方がない部分もある。


「……医師でありながら無知で申し訳ありませんが、バレイヌレーク病は空気感染するのでしょうか?」

「いや、俺の読んだ文献ではそんなことは書いていなかった」


 力なく、エリオット殿下も頷く。護衛騎士達は、おろおろするばかりでこの病に関する対処法に心当たりはないようだ。


「解熱剤なら手元にありますが、どうしましょう」


 私達がお城の薬草研究室に勤めていること、アシュレン様の身分を伝えると、医師は驚き頭を下げた。


「そんな凄い方とは知らず、申し訳ありません。解熱剤で治癒はできませんが患者の苦痛は多少和らぐはずです」


 護衛騎士達がエリオット殿下を寝室に運びつつ、医師にこのまま残り診療するよう命じる。

ブレイクさんはそのことを診療所に伝えるべく手紙を書き、私は解熱剤の準備、アシュレン様はグレイからさらに詳しい話を聞くことに。


 慌しくそれぞれがやるべきことをやって、グレイと一緒にダイニングで待っていると、三十分ほどしてアシュレン様とブレイクさんが分厚い本を手にしてやってきた。


 私達はソファに座り、腰掛けることを遠慮したグレイはひたすら身を小さくして扉の横に立つ。


「まず、グレイから聞いたことを話そう。バレイヌレーク病に感染した者たちだが、グレイ以外は全員アップルパイを食べたらしい。他の料理は大皿に盛られていたので、誰が何を食べたか分からないが、酔っぱらって寝たグレイだけが食後のデザートを食べなかったのは確かだ」

「アップルパイですか?」

「グレイの妻が持っていったもので、林檎と砂糖を煮詰めたあとにモニタレスの木の樹液を入れたそうだ」


 えっ、とグレイを見れば、その身をさらに小さくさせた。


「え、エリオット殿下があまりに美味しそうに召し上がっておりましたし、護衛騎士の方に聞いたところ、ターテリア国ではアップルパイにモニタレスの樹液を加えるのが一般的と言われまして……」


 どうやら、試しに奥さんに頼んで作ってもらったらしい。


 エリオット殿下があれだけ美味しそうに食べているのを見れば、口にしても問題ないと思っても仕方ないとは思う。


 えっ、ということは原因はモニタレスの樹液? でもあれは、ターテリア国では当たり前のように食べられているもののはず。それが、数十年に一度流行るバレイヌレーク病とどう関係があるのか……。


「気温、ですか?」

「そうだ。気温によって植物が毒性を持つことがある。ターテリア国に留学経験のあるブレイクの祖先は、様々な資料の収集家でもあるようで、書庫に行ったところターテリア国の天候に関する文献もあった」


 アシュレン様の言葉を受け、ブレイクさんが栞を挟んでいるところを開けてくれると、年間、月ごとの最高気温と最低気温が記されたグラフが書かれていた。


「冬の平均気温がガクンと下がる年が数十年に一度あります。とはいっても、カニスタ国の冬と同じぐらいの気温ですが」


 五度を下回るぐらいかしら。ジルギスタ国の冬はマイナスになることも珍しくないから、私としては暖かいと思う温度だけれど。


「気流、海流含め、調査中で原因は不明らしい。ただ、その年にバレイヌレーク病が流行っている。ライラ、どう仮説をたてる?」


 アシュレン様がもう一冊の本を開く。バレイヌレーク病が流行った年や死亡した人の数、年齢が書かれていた。


「……そうですね。モニタレスの樹液の採取は春から初夏に行われます。その数か月前の冬の気温が低いと樹液が毒性を持つ、ということでしょうか。さらに付け加えますと、最低気温は年によってばらつきがありますが春以降の気温は毎年同じですから、モニタレスの花が咲く条件に冬の気温は関係ありません」


 花が咲くかどうかは、初夏の気温だけで決まるみたい。

グラフでは、初夏のターテリア国の気温はすでに四十度を超えている。

ちなみにハドレヌ領は二十度から二十五度で、それはジルギスタ国だと真夏の気温。長袖では暑いはずだと今さらながら気がついた。


「……花についてまでは考えなかった、さすがだ。それで、今度は樹液の質が気温によって変わったという文献を探したのだが、薬学的な方面からの研究はされていなかった」


 含みのある言い方に首を傾げれば、アシュレン様がグレイを見る。


「き、騎士達の話を立ち聞きしました。冬が寒いと樹液の粘りが強くなるそうです。なんでも、母親が『今年は寒かったから樹液が粘って料理に使いにくい』とぼやいているのを聞いたことがあるとか。私が採取した樹液は、かなり粘り気が強いらしいです」


 植物園でグレイが騎士の近くにいたのは知っていたけれど、そんな話を耳にしていたなんて。エリオット殿下がモニタレスの樹液を美味しそうに食べるから、興味をそそられたのかも知れない。


「樹液の粘度は気温と比例して変わるものの、どこまで粘り気が出たら毒となるかの境界線は不明だ。しかし、目安にはなるだろう」


 グレイは責任を感じているのか、ぎゅっと握った拳が白くなっている。見かねて私は席を立つ。


「手を広げてください。爪で手のひらを傷つけてしまいます」

「わ、儂は……とんでもないことを……。ブレイク様があんなに食べるなと仰っていらしたのに。つ、妻は反対したんです。でも、儂は、自分がこんな美味しい物に関わっていると自慢したくて……そのせいで妻も」

「血が出ています。軟膏を塗りましょう」


 グレイはとんでもないと首を振るばかり。

 少し強引にソファに座らせ、軟膏と包帯を手に巻いてあげる。

 そうしているうちに、ブレイクさんが診療所にいる医師に分かったことを伝えに行き、一緒にグレイさんを馬車で送り届けることが決まった。


 この邸は今は別荘として使われているけれど、かつてはここで植物の研究をしていたらしく、そのおかげで裏庭には薬草も生えているらしい。


 種類を聞くと、解熱剤の材料となる薬草もあったので、私とアシュレン様はそれらを使って薬を作ることにした。


 場所は香水作りに使った部屋、あそこにはまだいろいろな実験器具が出しっぱなしになっているし、使用しなかったビーカー類も部屋の隅に置いてある。


「アシュレン様、 私、エリオット殿下の容態も気になるのですが」

「分かった。それなら薬草は俺が採ってくるから部屋で落ちあおう」


 一階のエントランスで別れ、私は階段を上がって三階へと向かった。

 部屋の入り口で医師から容態を聞けば、熱はまだ高いけれど上がってはいないらしい。

 それが解熱剤のおかげかは分からないけれど、いまのところ対処療法しかすべがない。


 ブレイクさんが診療所に行ったこと、それからなにかあれば二階にいる私かアシュレン様に伝えて欲しいと医師に頼む。

 医師が「ブレイクさんに報告に来ただけなのに王族を診なくてはいけないなんて重責すぎる」と青ざめていたので、いざとなったら私達が責任を取るから心配ないと励ました。

 とばっちりもいいところだけれど、私もアシュレン様も医師ではないので、彼に頑張ってもらうしかない。


次話より薬作りです。キーは猿。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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