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モニタレスの花と樹液.2

 

 夕食は予想通りエリオット殿下と一緒で、かなりの精神力を消耗した。


 料理はモニタレスの樹液を使用したものをブレイクさんがあらかじめ教えてくれ、食べないようにと言われた。

 やけにアシュレン様をライバル視して、私に絡んでくるエリオット殿下。


 さらりと煽るようなことを言うアシュレン様、空気が読むのが上手なブレイクさんがいなければ、どうなっていたことか……考えたくない。


 食後、私は気分転換にハドレヌ別荘の庭をひとりで散歩することに。


「明日もこうなのかしら」


 ベンチに座り重い気持ちで夜空を眺めていると、近くに人の気配がした。

アシュレン様かと目線を向けた先にいたのは、よりにもよってエリオット殿下。手にはワインとグラスを持っている。


「ライラ、ここにいたのか。探したぞ」

「……少々、研究に行き詰っていたので考え事をしていたのです」

「よし、それじゃ、俺が相談に乗ろう。薬学は俺の専門分野だ」


勝手に隣に腰を降ろすとエリオット殿下は私にグラスを渡してくる。お酒は飲むなと言われているので首を振って断ると、自分の分だけ注ぎ、足を組むと満面の笑みを私に向けてきた。

 この人、顔だけはいいのよね。月の灯の下でに輝く瞳は黒曜石のようだ。


「俺の顔に見とれているのか?」

「整ったお顔だとは思っております」

「そうだろう」


 否定せずに頷くところはアシュレン様と同じ。顔のいい男性はいつもこうなのかしら。


「で、何に悩んでいるのだ」と言いつつ私の腰に手を回そうとするので、素早く距離をとり、当たり障りのない薬草の話をいくつか振ってみる。

 すると、意外なことにエリオット殿下は本当に薬草の知識があるようで、会話が成り立ってしまった。国によっては薬草の下準備や薬の作り方も違うので、ターテリア国の方法はとても興味深い。とはいえ、あまり親しくはしたくないけれど。


「……そうか、その方法がありました。どうして気づかなかったのでしょう」


 会話が私が渡した傷薬におよんだとき、モニタレスの花の抽出方法に使えるかもと思える話題があった。

 割とポピュラーなやり方なのに気がつかなかったのは、カニスタ国ではその方法を花で用いないから。


「? どうかしたか。しかし、あの傷薬はすばらしかった。ここまで薬学に詳しい女性はめったにいないから、アシュレンが気に入ったのも頷ける。そうだ、庭は冷えてきたし、このあとは俺の部屋で……」

「ライラ、何をしているんだ」


 いつの間にか縮められていたエリオット殿下との距離を開けるように、背後から抱きすくめられると同時に慣れ親しんだ香りが全身を包む。仰ぎ見ると、やはりそこにいたのは、


「アシュレン様!」


 ちっとも笑っていない瞳で私を見ると、アシュレン様は薄い口元できれいな弧を描いた。

 うっ、これはかなり怒っている。


「も、申し訳ありません」


 回された腕をほどきつつ立ち上がって、ベンチの後ろにいるアシュレン様の隣に立つ。

 すると今度は、甘ったるい笑みに変わり、私の髪をひと房とって唇を落とした。


「ここにいたのか、部屋でずっと待っていたんだぞ」


 エリオット殿下を牽制しつつ、私の腰に手を回してきたアシュレン様、ちょっと距離が近いです。


「部屋? どこの部屋ですか?」

「……大きなベッドのある部屋だ」


 アシュレン様の目が、空気を読めと促している気がするけれど、申し訳ないですがそういうの苦手なのです。

 大きなベッドのある部屋、とは香水作りをしていた部屋のことですよね。

 あっ、さっきは乗り気ではないように見えたけれど、手伝ってくれるということかしら。それなら!


「すみません。あ、あの。私、いろいろ考えまして、ちょっと試してみたいことがあるのですがいいでしょうか?」

「試す?」

「試す?」


 なぜがエリオット殿下の声も聞こえたけれど、そこは気にせず私はぐっと拳を握る。


 香水作りは専門外だけれど、完成すれば王女殿下の、しいては国の役に立つかもしれないし、花弁からの成分抽出が成功すれば、今後の薬づくりに活かせるはず。


「せっかくですからいろいろ挑戦してみようと思います。うまくできるか分かりませんが、もしかしてそこから新たな発見があるかもしれませんし、アシュレン様、付き合っていただけますか?」


 きっと分かったと言ってくれると思っていたのに、アシュレン様は額に手を当て何やら思案中。

 背後でエリオット殿下が「ライラは意外と積極的なんだな」と呟いているけれど、研究者として当然だと思う。


「うん、ちょっと混乱したが、ライラの性格から何を言おうとしているのか理解した」

「はぁ……でしたらよろしいでしょうか?」

「今夜はゆっくり寝られないかも知れないが、ライラこそいいか?」


 なぜか艶のある声で聞かれ、目をパチパチとしてしまう。なんでしょう、会話が成り立っているはずなのに微妙な誤差を感じる。


「はい。もちろんです!」


 勢いよく答えた私に、背後でエリオット殿下がゴホゴホッと咽ていた。さっきから、言動がおかしいけれど、どうしたのかしら。

 少々気になりつつも、アシュレン様に促され私はその場を後にした。


「アシュレン様、夜風が気持ちいいですし、このまま少し散歩をしませんか」

「……その前にひとつ、聞いてもいいか? 何を試してみたいんだ」

「モニタレスの花の成分の抽出方法です」


 歩きながら話そうと思っていたと答えると、アシュレン様は深くため息を吐きながら「そんなことだと思った。いや、分かってはいたんだ」となぜか肩を落とす。

 エリオット殿下といい、今夜のふたりはおかしい。


「ライラの無自覚さも、ここまでくると脅威だな」

「おっしゃっている意味が分かりません」

「で、その抽出方法とはなんだ」

「傷薬を作ったときに使用した溶液を使うのです」


 アシュレン様の目の色がはっと変わり、どうして思いつかなかったのだろうと悔しそうな顔をした。


 薬草の成分の中には水に溶けにくい物もあるので、そういうときは特殊な溶液につけその成分を抽出し、さらに火にかけ水分を飛ばす。

 できあがったものの粘度は薬草によってさまざまで、とろりとした蜂蜜のようなものから、バターぐらいの硬さが多い。筋の多い葉や根など、比較的分厚く硬い部分の下準備に用いる方法だ。


「ライラが改良した溶液なら、薄い花弁でも使えるかもしれない。持ってきているのか?」

「はい」


 珍しい植物が見つかるかもと、念のため瓶に入れてきた。まさか、香水作りに使うとは思わなかったけれど、量はたっぷりあるし、無くなっても今日見た温室の薬草で作れそうだ。


ある意味お約束のやり取り、ですね。

作者の好みが詰まった物語にお付き合い頂ける方、ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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