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現地調査という名の婚前旅行.3

珍しい甘いです

 次の日、夕方に着いたハドレヌ伯爵邸の別荘は石造りの古風な建物だった。


 重厚な趣は、かつて国境の要と言われていた時代を思わせる。

 石でできたアーチ状の門を潜れば、そこにはよく手入れされた薔薇園が広がっていた。邸まで続く道にも入り口にあったものよりは小さいけれどアーチがいくつもあり、そこに絡まる緑の蔦と、赤、黄、ピンクと咲き誇る薔薇は物語の古城のようだ。


 てっきり同行すると思っていたブレイク様は、一足先に帰省されたらしい。


 私達が来ることを本邸におられるご両親に伝えるためと、滞在する別荘の諸々の準備をするためだとか。


 別荘の前で馬車を降りると、入り口に控えていた従者が建物の中に入り、すぐに赤髪の青年が出てきた。


 ボサボサのくせ毛の合間から見える緑色の目は、くるりと丸く可愛らしい。子犬のような容姿の彼は、その愛くるしい容姿とは違って落ち着いた声と穏やかな仕草で胸に手を当て礼をしてくれた。


「アシュレン様、お久しぶりです。城では兄がお世話になっております。それからライラさん、初めまして。ブレイク・ハドレヌと申します。ブレイク、と呼んでください」

「世話になっているのは兄のほうだ。どうせ無理難題を日々押し付けているのだろう」

「ライラ・ウィルバスです。急な申し出にも関わらず了承してくださりありがとうございます」

「本来なら父と母も別荘に来るべきなのですが、クラウド様から私がいればよい、と言われまして、両親は本邸におります。ここから馬車で半日ほどの場所です」

「今回は薬学研究室の現地調査の一環で来ている。ブレイクが協力してくれれば充分だ」


 簡単な挨拶を終え侍女に荷物を預けると、私達は食事の準備ができているダイニングに案内された。


 少し古めかしいデザインのシャンデリアと、窓にはめ込まれたステンドグラスが別荘の雰囲気にとてもよくあっていた。

 壁には大きな暖炉もあり、温暖な気候と聞いたのに、と思っていると、冬は案外冷えると教えてくれた。


 ハドレヌ領は自然豊かな場所で、料理は川で釣った魚や森で狩った鹿の肉を使ったのもの。野菜は近隣の農家から直接仕入れ、デザートは山で採った野イチゴのソースがたっぷりかかったケーキだった。


 ブレイクさんは私達より二歳年下だけれど、物おじせず好奇心旺盛で話題が豊富。

 辺境の地であるハドレヌ領をより豊かにするために、特産品の開発や技術革新に取り組んでいると語る瞳はキラキラしていた。


 かなり好青年で、なにより私に「クラウド様からはご一緒の部屋を用意するよう言われましたが、別々にお泊りいただくこともできます。どうしますか」と聞いてくれた紳士だ。

 もちろん別々の部屋と伝えた。


 それなのに。


「……どうしてアシュレン様が私の部屋にいるのですか?」

「無事目的地に来たのだから、久々にゆっくり話そうと思っただけだ。紅茶と夜食のクッキーを持ってきたのだから入ってもいいだろう」


 そう言うと、私の横を通り抜け、部屋の真ん中にあるローテーブルに持っていたトレイを置く。

 紅茶の隣には小さな瓶が二つ乗っていた。


   ***(アシュレン視点)


 戸惑うライラに気付かない振りをしてテーブルに紅茶を並べ座れば、おずおずと俺の隣に腰掛けた。


 向かい側にもソファはあるけれど、すっかり俺の隣が定位置となっているのか、そこに座る選択肢は頭にないようだ。

 普段より少し距離があるのは仕方ない。いつもはリビングや執務室で寛ぐことが多かったが、ここには天蓋付きのベッドもあるのだから。


 紅茶と一緒に置かれている透明の小瓶の中にはカチの木の樹液。

 ライラの視線がその一点に注がれ、赤銅色の瞳がキラキラしてくる。

 薬草以外でも植物すべてに興味があるらしい。もっとも、どの植物でも薬になる可能性はあるのだけれど。


「アシュレン様、この樹液だけで食べてもいいですか?」

「言うと思った。かまわない。クッキーに乗せて食べても美味しいらしいぞ」


 そう言えば、さっそくとばかりに小瓶を手にし、灯に透かすよう持ち上げて見る。蜂蜜の琥珀色より少し色が薄いそれは、小瓶の中でとろりと揺れている。


 いたずら心が起きたのは長旅の疲れからだろうか。


 俺はライラの手から小瓶を取り蓋を開け、スプーンで掬うとそれをライラの紅茶に落とし入れる。次のひと匙はクッキーにかけ、最後に掬ったそれをライラの口元にもっていった。


 キョトンとスプーンを見ていたライラの瞳が、次第に大きく開かれ同時に頬が赤くなる。


「じ、自分で食べられますよ」

「指で掬い取ったほうがよいならそうするが?」


 言えば、思いっきり睨まれた。分かっている、だから我慢してスプーンにしたのだ。

 ほら、とスプーンの先で唇を突けば、促されたように小さく開かれた。


 少し強引にこじ開けるようにスプーンを口の中に入れ、くるりと反転させて舌の上にカチの樹液を落とせば、口の中で舌が動く気配がして、やがてゴクンと小さな音がした。


「美味しいか?」

「……はい。すっきりとした甘みで、蜂蜜より好きかもしれません。これが王都で食べられないのは残念ですね」

「そんなに美味しいなら俺にもクッキーを食べさせてくれないか?」

「……はい?」


 頬を染め慌てて距離を取ろうとするライラの腰を引き寄せ、もう片方の手でクッキーの乗った皿を持つ。


「食べられますよね」

「あいにく両手が塞がっている」

「あいにく、の使い方がおかしいように思うのですが」


 ニコリと微笑めば、ライラはうっと唇を尖らせ思案顔をする。恥ずかしがり屋なのは相変わらずだし、押しに弱いのは分かっている。

 俺が詰め寄れば、ライラは困りながらもいつもお願いを聞いてくれる。


 もっとも、調子に乗ると怒られるのだが。


 今回はどうだろうと思っていると、おずおずとクッキーに手が伸びていき、一枚を摘まんだ。どうやら、ライラの許容範囲だったらしい。何ヶ月もかけその許容範囲を徐々に広げてきた甲斐があったというものだ。


「どうぞ」


 不本意な表情で出してきた手に顔を近づけつつ、もっと困らせたくなったのは俺の性か、もしくはライラの指先で光る樹液のせいか。

 パクリと開けた口でクッキーもろともライラの指先も口に含むと同時に、持っていた皿を机に置く。


 逃げようとするライラの手首を空いた手でつかみ、指先の樹液もなめとれば、倒れるのではないかと思うほどライラが真っ赤になった。


 腰に回した手に力をいれつつ、クッキーを飲み込めば、もう限界だとばかりにライラの瞳が羞恥で潤み出す。


 真っ赤な頬で涙ぐむ赤銅色の瞳に見上げられ、背中にゾクゾクと走るものがある。じとりと手の平に汗が滲み、自然と喉がごくりとなった。 


 その顔は逆効果だぞ、と腰に当てた手をさらに引き寄せようとして、さすがにこれ以上はまずいと踏みとどまった俺は、この国一番の紳士だと思う。誰か褒めろ。


 口を開ければ素早く指を引き抜かれ、睨んできた瞳はさっきと違う意味で可愛い。

好きな子を虐めるようなガキではないと思っているけれど、揶揄いたくなるのだから仕方ない。


「あ、アシュレン様!」

「うますぎてつい、な」

「なにがつい、ですか!?」


 ぶるぶると怒りと恥ずかしさで震えるライラが初々しくて、堪らずその唇に口付けを落とせば、さっき食べた樹液と同じ味がした。


 さらに深く唇を合わせたところで、ライラが俺の上着の裾を引っ張った。これ以上は無理ということだろう、残念だと思いつつ唇を離せば、なぜかライラの顔から怒りは消えていた。


 俺がやめたからほっとしたのだろうか?

 それとも驚いたけれど、嫌ではなかったということか?


 後者なら……と思ったところで、ライラが再び小瓶を手にとった。


「あ、あの。思ったのですが、防腐剤を作ればこの樹液を王都に運ぶことができるんじゃないでしょうか? 王都へ続く道は舗装されていましたし、商人がよく通るなら彼らに頼んで王都まで運んでもらうことも可能ですよね。そ、それから、防腐剤ができれば、薬の消費期限を延ばすこともできます。ルーカス様、あっ、毛生え薬の治験を頼んでいる方からも、もっと日持ちすればよいと言われていて……」

「分かった、分かったから落ち着け。もうなにもしないよ」


 明らかにこの場の雰囲気を変えようと饒舌になったライラに苦笑いを漏らせば、唇を尖らせ不満を訴えてくる。


「その顔をされると、我慢ができないのでやめてくれ」

「そ、そんなつもりでは!!」


 非難を聞き流し紅茶を手渡せば、一口飲んでやっと落ち着いたように息を吐いた。

 俺も紅茶にブランデーを落とし、口にする。うん、いい酒だ。


「揶揄っていますよね」

「ライラが言ったんだぞ、恋人がするようなことをしてみたいと。俺は婚約者として誠実にそのリクエストに応えているだけだ」

「……その言葉を引き合いに出すと、すべてが許されると思っていますよね」

「嫌だったか?」

「……嫌ではありませんでしたが……」


 思わず持っていたカップを落としそうになった。


「えっ?」と素で呟いた俺に、ライラは赤い顔でそっぽを向く。

 これは……と思ったところで、再び防腐剤をいかに開発するかについての熱弁が始まった。


 うん、分かった。これ以上は踏み込むなということだな。


 俺だって引き際はわきまえている。ただ腰に回した手は離すつもりはないと力を込めれば、ライラはちらりと俺を見たあと照れくさそうにクッキーを食べた。多分、許されたのだろう、それなら今夜はここまでにして、防腐剤の話に花を咲かすとするか。


 色気はまったくないが、それもライラらしいし、俺としてもこれ以上はまずい。

 さぁ、今夜はどんな発想で俺を驚かせてくれるのだろう、緩む口元を押さえ切れない俺の隣で、ライラが目を輝かせながら語り出した。


 恥じらい真っ赤になった顔もいいが、そのキラキラした顔が、俺はきっと一番好きなのだろう。

 

甘さの少ない私の作品。今回は糖分たっぷりです。

ちなみに、1章は書籍化するにあたり糖分5割り増しになりました。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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