現地調査という名の婚前旅行.2
ハドレヌ伯爵領と王都を繋ぐ道は整備されていて、一定間隔で宿場町も点在している。
この道の治安が悪いと物流が滞るという理由で、騎士の詰め所兼関所が街道沿いに点在し、日々警邏してくれているとか。
だから今回は護衛はなし。とはいっても、御者は元騎士の方でアシュレン様の足元には剣もあるけれど。
「これが最後の宿場町ですか?」
「そうだ。もう少し先に行けば大きな川があり、そのむこうがハドレヌ伯爵領。背後にある険しい山を超えるとターテリア国だ。その地形からハドレヌ領は陸の孤島とも言われている」
馬車が宿場町の一角にある大きな宿の前で泊まる。クラウド様の計らいで、今回は予算が潤沢らしく、毎回、宿のレベルが高い。
「随分贅沢な旅ですね。クラウド様に感謝です」
「ライラは人が良すぎる。そもそも俺達がどうしてここに来なければいけなかったか。すべての元凶は兄だ」
「本音を隠しつつ外堀を埋め、相手を誘導するのがお上手ですよね。やっぱり兄弟だと思いました」
「いやいや、ちょっと待て。兄と比べたら俺なんて天使のように純粋だろう」
「……」
どの口が言っているのかしら。
胡乱な瞳で睨むと、片眉をあげ笑い返された。
そんな顔でさえ見とれるぐらい綺麗なのだから、勝てる気がしない。
荷物をそれぞれの部屋に置くと、私達は宿を出た。
宿でも食事はできるけれど、豪華な宿ほど地元の味を王都に住む人が慣れ親しんだものにアレンジしていることが多い。
食べやすいし美味しいのだけれど、多少癖が強くてもその土地の味を楽しみたい私達は、現地の人が普段口にする食事を出していそうな食堂を探しては、何が出てくるのかを楽しみにしていた。
「ここにするか」
「はい」
アシュレン様が選んでくれたのは、こじんまりとしつつもアットホームなお店。家族連れや仕事帰りらしい人で賑わっていて、お酒が並ぶテーブルもあるけれど、ひどい酔っ払いはいない。
隅の二人席を案内され、二人でメニューを覗き込む。野菜たっぷりのスープが美味しそう。
「ライラはこのスープがよいのだろ?」
「よくお分かりですね。アシュレン様はこの骨つきのお肉ですよね」
「あぁ、あとはサラダとエールとレモン水でいいか? 取り皿も頼んで料理は分けよう」
頷けば、アシュレン様が店員を呼びオーダーをしてくれた。
「そういえば、アシュレン様はスティラ王女殿下やハドレヌ伯爵のご長男イーサン様とも、ご学友なのですよね」
「そうだ。それがどうかしたか?」
うん? と少し首を傾げるアシュレン様。
実は、旅立つ前日に室長に頼まれ総務課に書類を出しに行ったとき、スティラ王女殿下と密会していた人によく似た文官に会ったのだ。
私と同じように書類を提出しにきたようで、慣れた様子で窓口の人と話している赤髪の文官を見た時の私の衝撃といったら。そのまま踵を返し見なかったことにして立ち去りたいぐらいだったわ。
でも、そんなわけにはいかず入り口で様子を伺っていると、赤髪の文官は私に気付き窓口を譲ってくれた。
茶色い瞳を僅かに細め軽く頭を下げ立ち去ろうとした彼に、窓口の人が「イーサン・ハドレヌ殿、書類は明後日までに再提出お願します」と声をかけるのを聞いてしまったのだ。
そのことがどうしても気になって、さりげなくアシュレン様に聞きたかったのだけれど、話の切り出し方が少し唐突だったのはいなめない。
「ぐ、偶然、総務課で窓口の方が名前を呼ぶのを聞きまして、マーク様といい、ご学友が沢山お城にいらっしゃるのだな、と思っただけです」
「ふーん。確かに学友は多いかも知れないな。マークやイーサン、学年は違うがスティラ王女殿下とは示し合わせて一緒に授業をさぼったこともある」
「さぼっていたのですか?」
「ライラ、人生には緩急が必要なんだよ」
もっともらしく仰っていますが、褒められたことではありませんよ。
でも、スティラ王女殿下とイーサン様が学生時代から仲が良かったのは分かった。ということはやはりあの密会相手は……と確信するも、これ以上深入りはしないほうがいいわね。
アシュレン様は勘が鋭いから、気づかれてしまうわ。
そんなことを考えているとタイミングよく料理が運ばれてきた。
じゃがいもやカブ、キャベツ、ベーコンがたっぷり入ったスープからは湯気が立ち上り、骨つきのお肉はボリュームがいっぱいだ。
長旅だったけれど、明日で目的地に着く。
「お疲れ様」とグラスを合わせ、私はスープからアシュレン様はお肉からさっそく口に運ぶ。
半透明のスープはベーコンの旨みと野菜本来の甘さが滲み出て美味しいし、野菜はクタクタに煮込まれホロリと口の中でほどける。
次にお肉を頬張れば、照りのある甘辛いタレがしっかりと絡んでいて、食べ応えが充分だ。
「お肉のソースに使われているのはハチミツ、ではありませんよね」
こういう照りはソースにハチミツが混ぜられている場合が多いのだけれど、味が違う。ハチミツより甘さが控えめだけれど、風味が強い。
「この辺り原産のカチの木の樹液だ。幹でナイフに傷をつけ、その下にバケツをぶら下げておけば二日でバケツ半分ほど貯まる」
「それはお手軽でよいですね」
「どの家の庭にも一本は生えているからな。手近な森に行けばあちこちで群生している。そのせいか、このあたりでは養蜂はいっさいおこなわれていない。紅茶にも、クッキーにも、砂糖ではなくこれが使われているらしい」
身近で簡単にこんな美味しいものが手に入るなら、わざわざ養蜂する必要はないですものね。
「そのカチの木はこの地域だけのものですか」
「そうだな。植えれば他の土地でも育つのだろうが、幹が細く木材には不向きだから、わざわざ植林してまで育てようとしないようだ」
こんなに美味しいのだから木材として使えなくても、樹液だけ集めて売れば商売になりそうなのに。
そう問えば、アシュレン様は美味しそうにお肉を咀嚼しながら首を振った。
「この樹液はハチミツより水分が多くて日持ちがしないらしい。売るには不向きだ」
水気の多い食材ほど痛みやすい。薬草を乾燥させるのは、その効能を高める場合もあれば単純に長持ちさせるためのこともある。
液体の薬は塗る場合でも数週間、飲み薬の場合は夏場だと五日を消費期限としているのはそのせいだ。
「いろいろと加工を考えていると聞くが、まだ成功していないようだ。最近では、他の樹木からもとれないかと探しているとか」
樹木が変われば水分量も変わる。他の木の樹液で日持ちできるものが見つかれば、王都にも輸送することは簡単。道は整備されているのだもの。
美味しい食事を堪能した私達は、少し街を散策したあと宿に戻った。
今までの宿と同じように、隣あった部屋に入る前にアシュレン様は私の頬におやすみの口づけをする。寝る前のキスはすっかり習慣となったことのひとつだ。
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