騎士団からの依頼.4
次の日の朝、朝食を詰めたバスケットをアシュレン様が持って来てくれたので、薬草園まで行って食べることにした。
騎士達は早朝から訓練を始めるらしく、アシュレン様が素早くテントを畳んでマーク様に預けていた。
カリンちゃんは、両親と離れて外で泊まる、という大仕事を遣り終えてご機嫌だ。
早朝のピクニックにはしゃぐカリンちゃんを挟むように私達も座り、バスケットから出したサンドイッチを頬張る。
カップには昨晩と同じようにして入れた紅茶が注がれ、すがすがしい天気の中での食事は本来楽しいもののはずなのに、私の気持ちはちょっと重い。
「昨晩、スティラ王女殿下が来られたそうだな」
「うっっ、げほっ。……失礼しました」
いきなりの言葉に紅茶を飲んでいた私は咽てしまった。どうして知っているのと目をパチパチしていると、アシュレン様の口角が意地悪く上がる。
「もしかして、昨晩騎士寮にいたのですか?」
「旧友のマークと語らっていたら帰るタイミングを逃してしまってな」
嘘だ。絶対嘘ですよね。
「スティラ王女殿下は、室長から私が野営をしていると聞いたらしく、様子を見に来てくれました」
「ライラとスティラ王女殿下はそれほど仲が良かったか?」
鋭い指摘に、引きつりそうになる頬を引き締める。
「年齢も一緒ですし、昨晩はカリンちゃんもテントにいましたから。可愛らしいのに、王族に相応しいしっかりした考え方を持っていて驚きました」
見た目はアイシャのように庇護欲を誘う容姿なのに、政略結婚も仕方ないと受け止める覚悟を持っていらっしゃる。
でも、お辛いだろうな。
自然と二人が密会していた木に目がいってしまう。アシュレン様が私の視線を追いユーカリの木を指差した。
「そう言えば、アロマキャンドルの原料にあの木の葉もつかったんだよな」
「はい、ご存知だと思いますが、あれはユーカリです。他にも数種類のハーブを使いました」
作り方はそんなに難しい物ではない。
使用したのは水蒸気による蒸留法で、香水作りにも使われるほどポピュラーなもの。
植物を入れた蒸留窯に蒸気を流しこみ、植物の香りを蒸気が含んだところで冷却管へ気体を流し、冷却管で急激に冷やす。こうやって作った蒸留水は香水だけでなく化粧品などにも使われているらしい。
薬作りでも水蒸気蒸留法はよく使うので、研究室には試験管や冷却管など器具は揃っている。アロマキャンドルは初めてだけれど、使うのがハーブだから爆発の危険も、実験途中に有毒な成分ができることもないのは気分的には楽だった。
出来上がった蒸留水を、蝋燭を削り溶かしたものと混ぜ合わせ、改めて固めたのが昨晩使ったアロマキャンドルだ。
「でも、どうしてわざわざ蝋燭にしたんだ。そのまま噴射しても……ってそれだと持続性はないか」
「はい。蝋燭を一晩中灯していると聞いたので、それを利用できないかと考え思いつきました。アシュレン様が野営では荷物を最小限にしていると教えてくださったのがきっかけです」
鍋にもフライパンとしても使える調理器具や、スプーンの先が分かれていてフォークにもなる食器。
騎士が使う道具には、荷物を減らすための工夫がされていると聞いたので、嵩張らないものを作ろうと決めていた。
「でも、私が作ったものでは四時間しか持ちませんでしたから、一晩中使えるように改良しなくてはいけません」
「その必要はないだろう。夜は三から四時間交代で見張りをするから、その際に交換すればよい。それよりも、室長が違う意味で興味を持ったようだ」
「違う意味ですか?」
「たとえば、蝋燭を固めるときに花びらも混ぜて匂いも女性が好きなものにすれば、市場で人気が出るとか。まったく、相変わらず発想が豊かだ。俺では思いつかない」
試作品を興味深そうに見ていた室長を思い出す。
私もアシュレン様も製薬においては様々なアイデアが出るのだけれど、それ以外となってはまったくダメ。
いろいろな方向にアンテナを巡らせ情報収集し、様々な発案を実行できる人望があるのは王族ならでは。
ということは、スティラ王女殿下が想いを寄せる男性も、王族に加わるにふさわしい方かもしれない。少なくとも、エリオット殿下より。
「ごちそうさまでした。ライラとアシュレン様はまだ食べているの?」
「ごめんなさい、話をしていたからもうちょっと待ってね」
「うん、あのね、今日は託児所に行かずに研究室に行ってもいいと思うの」
にこにこと笑うカリンちゃんの頭を、アシュレン様がポンポンと叩く。
「それなら、兄の執務室に連れていってやろう。で、許可が出たらそこにいればいいし、ダメと言われたら託児所に行くんだ」
「うん!」
わーいと喜びながらカリンちゃんは薬草園の中をスキップし始めた。
娘を溺愛しているナトゥリ侯爵様は、きっとカリンちゃんを膝に乗せて仕事をするわ。
次からはアシュレン対アシュレン兄。腹黒対決です。
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