騎士団からの依頼.2
エリオット殿下の奇襲から三日後、試薬を作り終えた私はうきうきと騎士団を訪れた。練習場の近くに騎士達が寝泊まりする寮があり、そのまえに小さな三角屋根のテントが立てられている。
「ライラ、これでいいのか?」
「はい、マークさんありがとうございます」
今夜は試薬品の実験をするためにここに来た。実験となれば、野営と同じ環境でするのが一番だと騎士団長に掛け合ったところ、騎士寮の前にテントをはってくれ、そこで試薬品を試しながら一晩過ごすことになったのだ。
テントで一晩過ごすなんて初めてだから、それだけでわくわくしてしまう。
「俺は防犯的にどうかと思うのだが」
私の後ろでアシュレン様が不満たっぷりにぼやく。その隣には私以上に目を輝かせたカリンちゃんがいる。
「騎士寮の前ですから、これほど安全な場所はありませんよ」
「騎士寮の前だから危険なのだろう」
分かっていないと首を振られてしまう。どうしてかしら、何かあればすぐ助けにきてくれる精鋭な騎士が傍に大勢いるというのに。
初めはアシュレン様も一緒にテントに泊まると仰ったのだけれど、室長が容赦なく却下した。当然だわ、私達はまだ婚約者なのだから。
ただ、その話を別邸でしたのがまずく、カリンちゃんが興味を持ってしまったのだ。
私もライラと一緒に泊まると言い出し、帰国されたナトゥリ侯爵様も城内なら安全と許可を出されたので、今、クマのぬいぐるみと一緒にここにいる。
「ほら、アシュレン様はもう帰って。私とライラのじょしかいなのだから」
「……分かった。カリン、テントに誰か入ってきたら、フローラが作った殺虫剤を思いっきりかけるんだぞ」
目がしょぼしょぼするという殺虫剤をカリンちゃんに渡すと、アシュレン様は名残惜しそうに立ち去っていかれた。
子供に渡す品ではないと思うのですが。その様子を笑いを堪えながら見ていたマーク様だったけれど、こちらも容赦なくカリンちゃんに追い出された。
「ライラ、早く中に入ろう」
「ふふ、そうね。私もテントは初めてなの」
入り口のファスナーを下げ入ると中は見た目通りの狭さだった。
野営では二人から三人が寝泊まりするというけれど、体格のよい騎士だとかなり狭いのではないかしら。
テントは四角錐の形をしていて、四本の骨組みが頂上で交わる場所にカンテラを掛けられるようフックがついている。
大きさやデザインは他にもあるらしいけれど、基本的なつくりは同じらしい。
テントの側面には窓が二つある。外側が網になっていて、内側からはそれを塞ぐように布が当てられて四か所をボタンで留めてあった。
ボタンをはずし布をとって網をカンテラで照らす。細い針金を交差させて作ったそれは、ムカデ等大きな虫は入ってこられないけれど、蚊はすり抜けられそうな大きさだ。
頭上のフックに、私はずっと手にしていたカンテラを掛ける。
このカンテラ、普通とは少し違う形をしていて、灯の大きさを調整できる仕様になっていた。
カンテラは通常周りを硝子で覆うのだけれど、これは硝子の外側にさらに薄い鉄の板がついていて、それを上下にスライドさせることで漏れる灯の量を変えられる。
「カリンちゃん、暗いのは平気?」
「ライラがいるから大丈夫」
それなら、と四枚の鉄板を三分の二ぐらいの高さまで上げる。テントの中は仄暗く、手元にあるものがかろうじて分かるぐらいの明るさになった。
「なんだかいい匂いがする」
「ふふ、カンテラの中にいれた蝋燭の匂いよ。これが虫よけになるの」
私が作ったのはアロマキャンドル。通常の蝋燭に虫よけの効果があるレモングラスやユーカリの葉、ゼラニウムの抽出液を混ぜたもので、ハーブなだけによい匂いがする。
もちろん身体に害はないし、蝋燭が燃えているあいだは効果が持続するので、あとはどれだけ虫よけの効果があるかが問題ね。
作り方も溶かしたロウにそれぞれの抽出液を混ぜ固めるだけなので難しくはないし、抽出液の量の調整だって簡単だ。
室長は、これが成功すれば知り合いの商人に頼んで王都に流通させようと、今から張り切っている。どれだけ顔が広いのかと思うけれど、王族と知った今はもはや驚かない。
「ライラ、寝着に着替える」
「はい。じゃ、手を挙げて」
両手を挙げるカリンちゃんの服を脱がし、代わりにピンク色の寝着を頭からすっぽりと被せてあげる。
お着替えはひとりでできるはずだけれど、ちょっと今日は甘えたい気分らしい。私は、外ということもあり今夜はシャツとトラウザーで眠るつもりだ。
眠るのは寝袋。こちらは私もカリンちゃんも初めてで二人揃ってもぞもぞと中に入って目を合わせた。
「芋虫みたい」
「そうね。ぬいぐるみも抱いて入ったの?」
「うん、お父様のお土産なの」
ナトゥリ侯爵ご夫妻は昨日異国からお帰りになったばかり。一ヶ月半後に開かれるスティラ王女殿下の誕生日まではカニスタ国に滞在するとカリンちゃんが嬉しそうに話してくれた。
「ご両親と一緒だと嬉しいわね」
「うん、大好きな人と一緒にいられるのは嬉しいことなんだよって二人ともお話していた。だから、ライラとアシュレン様も結婚するんでしょう?」
ド直球できかれ、顔が赤くなる。ここにアシュレン様がいなくてよかった。
「そ、そうね」
「アシュレン様、ずっとライラのことが好きだったから良かったねっておばあ様が言っていた」
「ずっと?」
「うん。ずっと」
……それはいつからなのかしら。
本人に聞いても絶対に教えてくれないから、カリンちゃんから聞き出したいところなのだけれど、カリンちゃんはふわりとあくびを始めた。そうね、いつもならもう寝ている時間だもの。
「ライラ、ふわぁ……私、眠くなっちゃった」
「うん、眠りましょう。私はずっとここにいるからね、おやすみ」
やっぱり少し寂しいのか、寝袋から小さな手を出してきたのでそれを握ってあげる。
子守歌を歌ってあげると、間もなく規則的な寝息が聞こえてきた。
私はぼんやりとカンテラの灯を見ながら、テントに付けられた窓を思い出す。
「窓を改良するという手もあるけれど、網目を小さくすると風通しが悪くなるわよね」
寮の近くには厩もあり、春先だけれど暖かいカニスタ国ではすでに虫が多い。どこまで効果があるか楽しみね、と思いつつ私も寝ようとカンテラの明かりをもう少し弱めようとしたところで、入り口付近から声が聞こえた。
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