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【書籍化、コミカライズ】虐げられた秀才令嬢と隣国の腹黒研究者様の甘やかな薬草実験室  作者: 琴乃葉
第2章

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変わらない日々と変わったこと.2

※補足※一巻ラストでライラがアシュレンに婚約期間を一年もうけたいとお願いしています。カニスタ国では婚約期間は数ヶ月が普通なのですが、ジルギスタ国は数年が当たり前。

その時、渋るアシュレンに「恋人のようなことを楽しみたい」と打ち明けます。

アシュレンはそれをいいことに、おりに触れライラに触れては揶揄うようになりました。


 うつうつとした気持ちを抱えながら、いつも通りナトゥリ侯爵家の別邸で夕食を摂っていると、先に食べ終わったアシュレン様が思い出したかのように切り出した。


「明日の休みだが、予定はあるか?」

「いいえ、ウェディングドレスの採寸は先月終わりましたし、指輪のデザインも決めましたよね」


 数ヶ月後の結婚式に向け、準備は着々と進んでいる。

 私の指には、半年前に頂いたブルーダイヤの指輪が嵌っている。あまりに大きくて、仕事中はチェーンにつけてネックレスにしているその指輪の重みにも、最近やっと慣れてきた。


 それとは別に、先月行商を招いて、お揃いの結婚指輪もオーダーした。こちらは彫り物をした白金で、私の指輪にだけ小さなブルーダイヤがひとつ付いている。

 仕事中でもしていられるシンプルなデザインを選んだ。


「それなら、ちょっと一緒に行きたいところがあるんだが、いいか」

「はい。どこに行くのですか?」

「邸に置く家具を揃えに。必要だろう?」


 えっ、必要ですか? 

 すでにこの邸に住んで一年半が経つので、改まって必要なものはないと思うのですが。


 結婚したら引っ越すのかと思っていたけれど、ナトゥリ侯爵様から引き続き別邸に住むよう頼まれた。留守が多く、室長とカリンちゃんだけを残すのは不安だから、アシュレン様に居て欲しいそうだ。

 首を傾げた私に対し、アシュレン様は頭を振りながらため息をついた。


「もしかしてだが、今後も客間に住むつもりなのか?」

「……あっ」


 言われてやっとその意味に気がついた。


 別邸とはいえ、侯爵家の持ち物だけあって屋敷は広い。

 一階は食堂、サロン、リビングの他に住み込みの使用人の部屋、二階には客間や執務室、書庫があり、三階はプライベートルームだ。

 当然アシュレン様の部屋は三階で、私は二階の客間を使っている。


「もしかして、私の部屋が三階に変わりますか?」

「もしかしなくてもそうだ。俺の妻になるのだから」


 にこりと微笑まれるも、薄く形のよい口の端がピクリと引きつっていた。

 これは、怒っているわ。


「そ、そうですね」

「俺の隣が夫婦の部屋。その隣がライラの部屋になる。その二つの部屋に置く家具やカーテン、諸々を揃えなくてはいけない」

「それはなかなか、大変ですね」

「オーダーメイドで作るとなるとギリギリだな。ということで、明日は忙しい」

「分かりました」


 オーダーメイドでなくてもよいのだけれど、という言葉は飲み込んだ。私の部屋はともかく、夫婦の部屋はそういうわけにもいかない……と思い、はたと気づく。


「私、三階に行ったことがありません!」

「今、気がついたか。いったい、いつになったら来るのかと楽しみに待っていたのだぞ」

「そ、それは……」


 胡乱な目で見られても、困ってしまう。


 アシュレン様の執務室は二階で私が使わせてもらっている客間から比較的近く、そちらには何度も入ったことがある。

 大抵はリビング、執務室、書庫のどれかにいるので三階の部屋を訪れる必要がなかったのだ。


「アシュレン様だって、私が使っている客間に入ってきたことは、殆どないですよね」

「ほぉ、入ってよかったのか? それなら今夜にも伺おう」

「……いえ、散らかっておりますから」


 眇められた目がさらに怖い。

 慌てて断ると、肩を竦め「気にしないけどな」と仰り、さらには「母上の息がかかった使用人が優秀過ぎて困る」と愚痴る。


「そうだ、家具を選びに行く前に部屋を見たほうがイメージが湧くだろう。今からいこう」


 そう言ってアシュレン様は席を立つと、有無を言わさぬ笑顔で私に手を差し出してきた。

 今から、と思わなくもないけれど、それもそうかと手を借り私も立ち上がり、初めて三階に続く階段に足を乗せた。


「一階ぶん上がっただけで見える景色が随分変わるのですね」

「天井が高いからな。それで、ここがライラの部屋だ」


 景色以外は二階と変わらない廊下を進み、アシュレン様が扉を開けてくれた。

 私が使っている客間のほぼ真上にあたるその部屋は薄暗く、月明かりが窓枠の影を床の絨毯に落としている。


アシュレン様が壁に備え付けられた燭台の蝋燭に火をつけてくれ、部屋全体をはっきり見ることができるようになった。


「広いですね」


 今使っている客間もびっくりするぐらい広いけれど、家具がないせいかそれよりさらに大きく感じる。

 こんな立派な部屋を私が使ってもいいのかしら、と入り口で立ち竦んでいると、アシュレン様は奥の壁に取り付けられた扉に手をかけ開けた。


「クローゼットだけはいっぱいにしておいた。といっても、詰めればまだ余裕はあるから残りのスペースには好きなものを入れればよい」


 えっ? 小走りでアシュレン様のもとに向かえば、壁一面に取り付けられたクローゼットの三分の二がすでにドレスで埋まっていた。


「こ、これは……アシュレン様が選んでくださったのですか?」

「婚約者にドレスを用意するのは当たり前だろう。必要最低限のものは揃えてある」

「ありがとうございます。それに、どれも私好みです」

「ウェディングドレスを注文した服屋に依頼したから、サイズは合っているはずだ。夏物は揃えてあるから、秋冬は一緒に買いに行こう」


 持参金すら必要ないと言われ、さらにここまで用意してもらうのは正直心苦しいけれど、こういうときは素直に「ありがとうございます」と言ったほうがアシュレン様は喜んでくれる。


 ライトブルーのドレスが多いのは、今後夫婦として夜会に出席することを考えてのことでしょう。クローゼットの中にある小さな備えつけの棚にはアクセサリーケースが乗っていて、そこにもドレスに合わせた宝石が並んでいた。


 他にも普段使いできるデイドレスもあったけれど、私が着ているものより明らかに質がよい。


「こんなに沢山ありがとうございます。しかも私にはもったいないほど豪華です」

「そうか? 結婚と同時に俺は伯爵位を賜るから、それにふさわしい品にしたのだが。侯爵夫人ならもっと高価なものが必要なぐらいだ」


 さすが、生まれながらナトゥリ侯爵家の一員として育ったアシュレン様。ケロリとしながら宝石を突いている。そのダイヤ、母が持っていたものより数段大きく透明度も高いですよ。

 ちょっと震える手でアクセサリーケースの蓋を締める私に、アシュレン様が小さく笑う。

でも、こればかりは慣れないのだから仕方ない。


 唖然とドレスを眺める私を置いて、アシュレン様は反対側の壁に向かうとそこにあるもうひとつの扉を開けた。


「ベッドはこっち、その向こうには俺の部屋がある」


 つまり、夫婦の寝室だ。

 アシュレン様の姿が暗闇に消え、やがてぽつぽつと部屋に火が灯っていく。私は慎重にクローゼットを閉めると、少し緊張しながらその部屋に足を踏み入れた。


「……何もありませんね」


 ドキドキが消し飛ぶくらい殺風景だった。そんな私を見て、アシュレン様が呆れる。


「当たり前だ。だから明日買いに行くんだ」

「そ、そうですよね」


 庭に面する壁の半分は窓になっていて、バルコニーに繋がっている。特注のカーテンが必要な大きさね。


「この部屋に必要なのはソファセットと棚、それからベッドぐらいか。他に置きたい家具はあるか?」

「いえ、特に思いあたるものは」


 ドレッサーや机は私の部屋に置けばいいし。他に何が必要だろう、と考えていると。


「そうか、それなら大きなベッドが置けそうだな」

「!!」

「場所はこの辺りにしよう。天蓋付きのもので……」


 とアシュレン様が両手を広げる。

 えっ、それ大きすぎませんか。私、寝相はいいほうですよ。


 ここからここまで、とアシュレン様が具体的に説明されるほど、落ち着かなくなってくる。

 堪らずベッドを置く予定の場所を突っ切り、バルコニーへ続く窓を開け外へ出て夜風を胸いっぱいに吸い込む。


 はぁ、涼しい風が火照った頬に気持ちいい。

 背後でクツクツ笑う声が聞こえるところをみると、どうやら私は揶揄われていたようだ。


「カリンちゃんの部屋の灯りは消えていますね。室長はまだ起きていらっしゃるみたいです。そういえば、近々、ナトゥリ侯爵様がお帰りになると伺いました」


 侯爵ご夫妻はいつも抱えきれないほどのお土産を持って帰ってこられる。その日だけはカリンちゃんも別邸に来ることなく、ご両親にべったりだ。というか、子煩悩の侯爵様がカリンちゃんを離さないらしい。

 と、突然背後からふわりと抱きしめられた。


「ど、どうしたのですか。急に」

「恋人のようなことを楽しめるのもあと僅かだと思うと、名残惜しくてな」


 わざとらしく落としたため息が首筋にかかり、せっかく夜風で冷めた頬が再び熱をもつ。


「散々楽しまれたと思いますよ」


 どれだけ、その言葉を口にしたことを後悔したか。

 この腹黒は、免罪符を得たかのようにことあるごとに私を揶揄う。こうしているうちにも、背に掛かる重みが増えてきた。


「確かにそうだな。しかしまだ数ヶ月もあるし、たっぷり楽しんで……」

「もう充分ですよね!?」


 強引に振り返ると、思ったより近くにある整った顔。月の光を浴びて銀色の髪が輝いている。


 しまった、と思った時には遅かった。アイスブルーの瞳が甘く細まり、長い指が私の顎に触れる。


 近づくほど濃くなる香りに、私は目を閉じた。

 口にしたことはないけれど、恋人の時間を楽しんでいるのは私も同じ。

 言ったら耐えられないほどの溺愛が待っていそうで秘密だけれど。

web版一章と少しズレを感じられる方もいらっしゃると思いますが、あとはナトゥリ侯爵の設定が変わるぐらいですので、ご安心ください。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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