ライラの未来6
ラストです。ここまでお付き合い頂きありがとうございます
第二王子殿下のご息女は、解毒薬を飲んだことでまもなく体調を回復された。
カーター様とアイシャの結婚は破談となった。
カーター様は全ての責任を負って研究所の所長を首になり、業務を怠り人の命を危険に晒した罪で今は牢に入っている。アイシャは自分は関係ないと泣いたらしいけれど、同様の罪で投獄された。おそらくカーター様よりは罪は軽くなるでしょうけれど、もうどんなに着飾り笑顔を振りまいても、彼女に求婚する人は現れないでしょう。
第二王子殿下は、カーター様の作った薬を安易に褒賞したことで国王から叱責を受け、臣籍降下して辺境の地へと渡るらしい。もう国政に関わることはないようだ。
アシュレン様は、王位継承権第二位の地位をふんだんに活かして、事前にカニスタ国王から小麦と解毒薬の輸出に関して外交の権限を得ていた。
その権限のもと、国王と輸出量や価格の交渉をしていたらしい。
持ってきた薬はすぐにジルギスタ国内に配られ、あっという間になくなってしまった。
私は製薬課の手も借り、残りの薬草で解毒薬を作り続けた。途中、外交交渉が終わったアシュレン様も手伝ってくれたけれど、ほぼ三日間眠っていない。
解毒薬はまだ必要だけれど、持ってきた薬草はすべて使ってしまい、今はジルギスタ国をあげて薬草の確保に奔走している。
いち段落した今、アシュレン様は研究所のソファーに倒れ込み寝息を立てている。
私はというと、まさか、もう一度この部屋で調薬をすることになるとは思っていなかったと、妙な気持ちが湧く。
隣の部屋に行けば、まだ私の机が残されていたので、引き出しから便箋と封筒、ペンを取り出す。机の上は酷い有様で、仕方なくとアシュレン様が眠るソファーの前にあるローテーブルにそれらを置いた。
寝る間を惜しみ働く私に、両親から届いたのは抗議の手紙。
アイシャの結婚が台無しになり投獄されたのは、すべて私のせい、らしい。
諦めにも似た空しさが胸を占めるけれど、私はそれを追い払うようにペンにインクを浸し、便箋に走らせた。
『お父様とお母様の望む娘になれず申し訳ありません。でも、私は自分の生き方を誇りに思っております』
もう二度と会うことはないでしょう。
あとは封筒に入れるだけ、というところで私の意識は限界を迎え、もう一つのソファーに横たわった。
目を覚ました時、アシュレン様も封筒もなく、身体に毛布が掛けられていた。
暫く待って戻ってきたアシュレン様は、「手紙は渡した」とだけ言って優しく微笑んだ。
帰りの船の上、真っ赤な夕陽が水平線に沈むのを見ていると、いつまにか隣にアシュレン様がいた。
「寒くなってきた、これを」
そう言って私の肩にストールを掛けてくれる。「ありがとうございます」と答え、隣に並んだその横顔を見る。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「もしかして密偵とか使っています?」
「どうしてそう思うのだ」
この期に及んで誤魔化そうとしているのか、それとも私の推理を聞くのを楽しみにしているのか。
本当に喰えない男だ。
「新薬に使われた薬草の種類をどうしてご存知なのですか? 知っているから解毒薬を用意できたのですよね。思えば初めて会った時も、褒賞を受けた農薬に、手をかぶれさせる薬草を使っていたことを知っておられました」
「やっと気が付いたか。だが密偵ではない、薬草を専門に売り歩いている行商からの情報だ。だから詳しいレシピまでは分からない」
どんな薬草を仕入れているか情報を得て、発表された新薬の効果からどの薬草を使ったのか当たりを付けたらしい。それは豊富な薬草に関する知識があってこそできること。
「さすがですね」
「ライラほどではない」
「それで、副作用が起こることを見越して解毒薬を船に積んできたのですね。教えてくださっても良かったのに、室長のことといい、アシュレン様は秘密にしていることが多すぎます」
「すまない。ただ、解毒薬については外交の札でもあるので俺のタイミングで切り出したかったんだ。許せ」
外交、となれば一研究員の私が口出し出来ることではない。ただ、やっぱり腹黒だと思ってしまう。
「では、今回の外交でアシュレン様は小麦の輸出と解毒薬の輸出を、カニスタ国にとって有利な条件で締結されたのですね」
「ああ、それに他国へ我が国の薬草研究が優れていることを吹聴するよう頼んだ。隣国より劣っているという汚名を返上する足掛かりとなるだろう」
「そういえば隣国との後れを二年で取り戻すと仰っていましたね」
「その通りになってきているだろう」
これは狡猾なのではなく策士と言うべきなのでしょう。
改めて成果を指折り数える。
「小麦の輸出、解毒薬の輸出、カニスタ国の地位向上、今回の収穫はこの三つ。素晴らしいを通り越して強欲すぎますよ」
「いや、まだある。俺にとっては何よりも大きな収穫が」
「これらを超えるようなことが、ですか?」
呆れ顔の私に、返ってきたのは真剣な眼差しだった。
「四つめ」
そう言うと、私の薬指を優しく折り曲げるとそこに口づけを落とした。
「今朝ライラのご両親に会って求婚の許可を得た」
アシュレン様は片膝を折り跪くと、指輪を取り出し私を見上げる。
海風が銀色の髪を靡かせ夕陽に輝く。
「ライラ、愛している。俺と結婚して欲しい」
その頬が赤く染まるのも夕陽のせいだろうか。
熱の籠った潤んだ視線から目が離せない。
まるで全身で私を請いているように見える。
突然のことに息を飲み、心臓が飛び跳ねる。
次いで、溢れんばかりの喜びが全身を掛け巡った。
「はい、私もアシュレン様を愛しています」
私の言葉に、まるで少年のように相好を崩すアシュレン様がなんだか可愛く見えた。
薬指にはめてくれた指輪はアシュレン様の瞳と同じ色のブルーダイヤモンド。
「これからもずっと一緒に暮らそう。ライラのいない人生は考えられない」
「それは私も同じです。私が帰る場所はアシュレン様のもとしかありません」
アシュレン様と出会って私の人生は変わった。
沢山の人に出会い、優しさに触れ、認められ、研究者としての誇りを持つことができた。
相変わらず可愛げはないかもしれないけれど、私は私らしく生きて良いのだと思えた。
意地悪なところも、優しいところも、いつも私を大切にしてくれるところも、全てひっくるめて私はアシュレン様を愛している。
誰かを愛し、愛されることがこんなにも心を満たすなんて初めて知った。
アイスブルーの瞳が近づいてきて、私は瞼を閉じる。
優しく熱い唇が触れ、数秒、名残惜しそうに離れた。
少し照れながら見上げたアシュレン様の頭上には一番星。
これから私達が作る思い出は、きっと夜空の星より多い。
だって二人の物語は始まったばかりなのだから。
最後までお付き合い頂きありがとうございます。
連載中に日間ランキングに入ったり、「派遣侍女リディ」が魔法のiランド2022大賞で特別賞を頂いたりと嬉しいことが沢山でした。
最後はジルギスタ国の夜会でライラが虐げられたことへのざまあ、で終わらせてみました。うまく纏まったか不安ですが、楽しんで頂けたのなら嬉しいです。
面白かったと思って頂けましたら、ぜひブクマ、★★★★★お願いいたします。
六万字ぐらいの中編を新たに投稿しました。
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