ライラの足跡4
本日二話目
「文官達だけでない。王女殿下だって……」
「えっ! もしかして王族の部屋にも水槽が置かれるのですか?」
まさか、と思い聞き返すと、当然とばかりに「そうだ」と言われてしまう。
「母が絡むとことが大きくなるからな」
「あの、前から思っていたのですが、室長って何者なんですか? 元宰相の奥様とはいえ、あまりに影響力が強すぎるように思うのですが」
薬草課はまだ分かるけれども、騎士団にあっさり話を通したり、地層学者を巻き込んだり、その上王族まで協力させてしまうなんて。
今日こそは話して貰いますよ、と詰め寄ったにも関わらず、アシュレン様はしれっとした顔で藻を水槽の金具に貼り付けていく。
その横顔、今日も話す気ありませんね。
最近優しいところばかり見ていたけれど、思えばアシュレン様は元々そういう人だ。ヤキモキしている私の反応を明らかに楽しんでいる。
「そう膨れるな。俺だって口止めされているのだ。それより王女殿下の話だが」
そうでした。王女殿下まで協力してくれるって話でしたね。
「王女殿下は長年肌荒れに悩んでいたんだよ。可愛い顔立ちなんだが、でき物を気にして化粧を厚塗りしては悪化させ。俺にはその悩みは分からないが本人は深刻そうだった」
「アシュレン様は王女殿下とお会いしたことがあるのですか?」
「まあな。それでライラが船で作った化粧品を渡したら、これがよく効いたらしく最近はすっかり表情も明るくなった」
この言葉には顔から血の気が引いた。
いつの間にあれを王女殿下に?
確か作った化粧品は、フローラに頼まれ研究室に持ってきて、そのまま棚に置いたはず。それが王女殿下の手元に渡るなんて。
「ア、アシュレン様。あれはあり合わせのもので作った品で、決して、決して王女殿下がお使いになられるような品物ではありません!!」
ブルブルと拳を握り締めながら抗議するも、アシュレン様はケロリとした顔でカラカラ笑う。
「気に入ったのだから、問題ない」
「そういう訳にはいきません」
私が男なら胸ぐら掴んで投げ飛ばせたのに。
ジロリと睨みあげると、まあまあ、と手のひらをヒラヒラさせる。
「兎に角、大変喜ばれ、大々的に協力してくれたのだから良いだろ。それに国王陛下と女王陛下も、一人娘の悩みを解決したことだけでなく今までの実績にも感謝され、協力してくださっている」
「……どうしてアシュレン様はそんなにも王族と親しいのですか?」
「国王に至っては寝台の位置をずらして窓側に水槽を置くスペースを作り……」
「ち、ちょっと待ってください!! 私の質問に答え……」
「花好きの女王陛下はいつも窓辺に花瓶を飾っているのだが、暫くその代わりに水槽を置いてくださるそうだ」
ああ、なんということ。
話は、私が知らない所でそんなにも大きくなっていたなんて。
このまま一層倒れてしまいたいと、額に手を置き俯く私の顎をアシュレン様がグイッと持ち上げた。そこには意地悪な目ではなく、初めて見る真剣な眼差しが。
「ライラ、周りを見ろ」
意味が分からないままも、言われた通りに辺りを見渡す。
「薬草課も、騎士も、メイドも、文官も、王族も。皆がライラに感謝しているんだ。皆が進んで動いているのは室長が頼んだだけではない。ライラだから、ライラの薬に助けられたから、だからこんなに協力してくれているんだ。ここにいる人達を動かしたのはライラなんだよ」
私が動かした?
私は薬を作っただけなのに?
すれ違う騎士達が「あの薬良かったよ」と私の肩を叩く。
水を運ぶメイドさん達も「今年の冬も霜焼けの薬を作ってね」と声をかけてくれる。
愛想も可愛げもなく、気の利かない私の唯一の取り柄は薬を作ることだった。だから作った。
作った薬が誰かの役に立てば良いと、そう願って。
視界が歪み、涙が頬を伝う。
あぁ、人前なのに。
私はこの国に来て随分弱くなった。
ハラハラと溢れるように流れる雫は、指で掬ってもまた零れ落ちる。
でも、心の中は温かなもので満たされていて、初めて自分がしてきたことに誇りを持った。
「あっ、アシュレン様がライラを泣かした」
小さな子供が私のスカートを掴み、涙を拭こうとハンカチを握った手を伸ばす。
「ち、違う。俺は何もしていない」
焦るアシュレン様が面白く、吹き出しながら泣いていると、さらに子供達が集まって囃し立ててきた。
マーク様が「ここは抱きしめるところだ」と揶揄を飛ばせば、アシュレン様は真っ赤になって「こんな所でできるか」と言い返す。
薬草課の倉庫とは比べものにならない見物人は、私達を遠巻きに見ながら微笑んでいた。
アシュレン様は耳まで赤くして、焦りながら私の涙を拭くものだからますます笑いも涙も止まらない。
「頼む、ライラ。泣き止んでくれ」
「嬉し涙の止め方が分かりません」
クスクスと笑いながら涙を零す私に、アシュレン様は普段の腹黒からは想像もできないぐらい狼狽して。
その時、ふわりと柔らかなものが私を包み込んだ。
「良く頑張ったわね、ライラ」
まるで母親のような温かな声と温もり。
室長の細い指が私の髪をそっと、何度も撫でる。
「目の前の光景を忘れないで。これが貴女の歩いた道よ」
室長の言葉は、私の心に染み、さらに涙を溢れさせた。
次話、ライラとアシュレンが再びジルギスタ国へと向かいます。ラスト六話。
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