ライラの足跡3
腕をぐるぐる回し、やる気に満ちた巨体の群れにやや圧倒されていると、その内の一人が私に気付き歩み寄ってきた。見覚えのない顔だと思いながら軽く頭を下げる。
「今日は手伝って頂きありがとうございます」
「いやいや、あんたには借りがあるからな」
借り? 三十歳ぐらいの少しエラが張った顔は初対面。はて、と首を傾げていると、騎士はガハハと豪快に笑った。
「俺が勝手にそう思っているだけだ。ついこの間まで国境にいて、そこでちょっといざこざがあってな。珍しくヘマして太い血管をやっちまって血が止まらなかったんだよ。これはもう無理だなって経験上思い、せめて妻と子供に手紙をって覚悟まで決めた。しかし、止血剤が効いて無事戻ってくることができた。ありがとう」
そう言うと、私の倍ほどもある大きな手を差し出してくれた。
「あんたのおかげで家族と再会できた」
「それは良かったです」
その笑顔に思わず、鼻がツンとなった。手を出すと力強く握り返され、ブンブンと振られる。
そうか、役に立ったんだ。良かった。
目じりに滲んだ涙を気づかれないようにそっと拭っていると、彼を皮切りに、次々と私の元に騎士達がやってきた。
「あの傷薬は最高だった」
「湿布を貼ったら長年の腰痛から解放された。まだまだ若いもんには負けられん!」
「俺が靴を脱ぐと逃げていく子供達が、最近は靴磨きまでしてくれるようになったんだ。あの消臭剤は素晴らしい」
「ライラ! 見てくれ。毛生え薬をつけたら、ほら髪の毛が生えてきたんだ!!」
「……」
最後の一人が輝く頭を私に突き出すと、周りの騎士が一斉に口をつぐんだ。
私はと言えば、滲んでいた涙が引っ込んだ。
いや、確かに産毛が生えている気がしないでもないけれど。
「えーと。もう少し改良するので治験に協力して頂けるかしら?」
「ああ!! いくらでも。これで一年後にはふさふさだな」
「…………」
周りの騎士達は何ともしょっぱい顔をし、対応を私に丸投げする。
私とて苦笑いを浮かべるしかないのだけれど。
「ライラ、騎士達だけじゃないぞ」
いつの間にか傍にいたアシュレン様が井戸を指差す。そこには三人のメイド服姿の女性達。
「ライラが作った霜焼けの薬がメイド達の間で好評らしく、話を聞いて何か手伝うことはないかと申し出てくれた」
私達の視線に気がついたメイドさんが頭を下げてくれるので、私も慌てて深く腰を折る。彼女達は手慣れた手つきで水を汲み、水槽にどんどん水を入れていった。
その彼女達の足元には小さな子供達がワラワラと楽しそうに走り回っている。お城の託児所の子供達だ。
「子供達! お水の入った水槽にこの石を入れていってね。優しく入れるのよ」
「はーい!!」
室長の言葉に子供達は一斉に石灰岩を持ち、我先にと水槽に入れていく。
まるで競争するかのような微笑ましい光景。
この様子だと石灰岩はあっという間に無くなるでしょう。
研究室と薬草課の人員は、藻を小さなナイフで慎重に切り取り、水と石灰岩の入った水槽に慎重に入れていく。この水槽は二重構造になっている。内側が細かな目の金網で、藻が育ったら金網ごと取り外し、川に沈める計画だ。
次々と水槽の準備は出来ていき、騎士が軽々とそれを持って王城へと運んでいく。
「こんなに沢山の人が協力してくれるなんて思っていませんでした」
額の汗を拭う私に、アシュレン様はちょっと意地悪な目をする。
「ライラはまさか手伝ってくれているのがここにいる人達だけだと思っているのか?」
「違うのですか?」
アシュレン様は軽く頷くと、お城を見上げる。
「水槽を各部屋の日当たりの良い場所に置きたいと頼むと、皆が喜んで協力してくれた。執務机を動かしたり、棚をどかしたりして、一つでも多くの水槽を置けるよう準備をしてくれた」
「わざわざ、そこまでしてくれたのですか……」
申し訳ない、という言葉は飲み込んだ。ここはきっと、ありがとうと言うところだ。
「この国では共働きは珍しくない。乳母がいない家庭では、子供が体調を崩すと親は看病をするために仕事を休むこともある。風邪の予防薬には皆助けられた、と感謝しているんだ」
室長の働きもあって予防薬は国中に広がった。簡単に作れるので貧困層にまで行き届いたらしい。
少々中途半端なところで終わりました。続きは夜投稿いたします。
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