閑話 ジルギスタ国3
本日二話目です
今日もカーターは届いた苦情の手紙を破り捨てると、補佐官に試薬のレシピを渡し怒鳴りつけた。
「早急にこれを作れ! できるまで家に帰ることは許さん!!」
ライラがジルギスタ国を出国して半年。
この半年でカーターの歯車は完全に狂い、今や薬草研究所の信頼は失墜の一途を辿るばかり。
先程叱った補佐官も彼で三人目、さすがに次の交代はないと第二皇子からも釘を刺されている。
カーター自身もなぜここまで試薬が失敗続きなのか見当がつかない。
それもそのはず、ライラがいた時も彼は試薬のレシピを作ってはいたのだ。一応。
そして、それをライラに渡し「これをもとにして作れ」と命じていた。
しかし、ライラが書かれた内容の通り忠実に作成した試薬は、使い物になる品物ではなかった。
その事を告げると、渡したレシピをもとに改良するのがお前の役目だと叱責されたのだ。
初めは、改良する内容も逐一報告していたのだが、カーターがそれを煩わしく思い「いちいち俺に確認するな、それはお前の仕事だ」と怒鳴りつけてからは、ライラは相談をせず自分で考え試薬を作る様になった。
こうして出来上がった試薬は、カーターが作ったレシピと最早まったく別物に。
中には使う薬草全てが違う場合もあった。もちろん作成した試薬のレシピをカーターに渡すのだから、それを知る機会はいくらでもあったのだが、彼は知ろうとしなかった。
補佐官はもちろんカーターの指示に沿って試薬を作っている。
だから、失敗しているのだ。
とはいえ、時には試薬が完成してしまうこともある。本来ならそれは念入りに副反応がないかを調べてから製薬課に渡すのだが、カーターはそれすらしなかった。
さっと目を通し、自分の指示通り作られていることを確認すると、それをそのまま製薬課に持って行かせた。
その結果が大量の苦情の手紙だ。
製薬課によって作られた薬は市場へも流通する。民間で作られている薬もあるが、製薬課の作った薬の方が効き目がよいと好評だった。
それが今や、製薬課で作った薬は買わない方がいいと巷で言われるほどに。
傷薬を塗ったらかぶれただの。
湿布薬はすぐに剥がれて役に立たないだの。
痛み止めを飲んだら下痢が止まらなくなっただの。
苦情は後を絶たない。
しかも、アイシャに渡した重要な書類は幾つかが紛失し、各部署から連絡が来ていない、あの件はどうなったのかと苦情が次々とくる。アイシャに聞こうにも、首を傾げ涙ぐむばかりで埒が明かない。
製薬課は国王に対し、薬草研究所の新薬の質の劣化について報告を行い、それがもとで昨日カーターは国王に呼び出しを喰らっている。
カーターは、冷や汗を掻きながら必死で弁明を連ね続けた。
新薬に失敗はつきもの。
補佐官がまったく役に立たない。
さらには製薬課が自分の書いた通りに作っていない。
などなど。
苦し紛れの言葉を連ねるカーターを国王は胡乱な目で眺め、次の失敗は許さないと大きな釘を刺した。
これに対して焦ったのはカーターだけでない。カーターの研究結果を後押ししていた第二王子も焦燥に駆られた。肩入れし、褒賞までしたにも関わらず、この半年まともな薬が全くできていない。それどころか既存の薬の品質が下がり、各部署から不満が湧き出、重要書類の紛失など初歩的なミスが相次いている。
「誰もがあっと驚く薬を開発しろ」
眉間に深い皺を寄せ、カーターに命じた。
その鬼気迫る形相に、カーターは「畏まりました」と答え身を縮めるしかなく。
そして、珍しく夜遅くまで考え作り上げた試薬のレシピを、先程補佐官に渡した。
ゆえにカーターは思った。
(これで俺の仕事は終わり。あとは補佐官が試薬を仕上げてくれる)
彼の頭の中には、試薬を何度も作り、そのたびに改良するという考えはない。
だってそれはライラの仕事だったから。
できた試薬の副作用についても、今まで同様、調べられることはなく。
こうやって「誰もがあっと驚く新薬」は開発されてしまった。
秋になると、嘔吐や下痢を繰り返す伝染病が流行り出す。感染力が強く完治に一週間ほどかかる。健康な大人が死に至ることはないが、乳幼児や高齢の者が毎年亡くなっているその病を完治する新薬。
それがいとも簡単にあっさりできてしまったのだ。
実験を繰り返すこともなく、副反応を調べることもなく。
さらに悪いことに、その結果に満足した第二王子がカーターを再び褒賞すると言い始めた。
カーターの為ではない。最近すっかり影が薄くなってしまった自分の存在を周りに示すために。
少し短めのジルギスタ国のお話でした。
明日からはカニスタ国に話を戻します。残り九話。
一日二話投稿ですので、来週中に終わります。
是非、最後のざまぁまでお付き合いください。
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