雨と洞窟と真実7
無駄なことは何もない。
私が今までしてきたこと。
その多くがカーター様にとっては無駄だった。
でも、そこに意味があるとすれば。
それこそ、私がこの国にいることではないだろうか。
あの日々があったから、私は今ここにいる。
自分の研究を、自分のものとして発表し、認められる。
誰かと比べられることなく、私である事を尊重してくれる。
研究室の人達はみんな親切で優しく、初めて自分の居場所を見つけられたと思う。
朝が来るのが待ち遠しく、深く息を吸え、ほっと落ち着ける場所。
春の陽だまりのように温かく、夏の日差しにも負けないぐらいキラキラした所。
涙が滲んできたのを見られたくなくて、私はツイと上を向きアシュレン様から視線を逸らせた。それなのに。
かさり、と静かな衣擦れの音がして、私の肩にアシュレン様の腕が回る。そのままぐいっと力を込められ、引き寄せられ、私は腕の中に閉じ込められた。
背後から私を包むように抱きしめるアシュレン様。私の小さな身体はその足の間にすっぽりと埋まってしまう。
「アシュレン様……?」
「洞窟の床は冷えるから、今夜は座って眠ろう。ライラは俺にもたれて寝ればいい」
「で、でも。これではアシュレン様が休めません」
背後から抱きしめられる、なんて人生初のこと。
恥ずかしさで真っ白になった頭で、必死で平静を装う。
アシュレン様はリュックを引き寄せると中から二枚の毛布を取り出した。リュックはクッション代わりにするようで背中と岩の間に挟み込んでいた。
幸いにも私の毛布はアシュレン様に預けていたので、それを受け取り膝に掛ける。
アシュレン様の毛布はポンチョのように頭から被るデザインになっていて、私を抱きかかえたまま、すぽっと被った。
密着が増し、毛布も相まってか温もりが伝わってくる。これは、ちょっと限界、かも。
「アシュレン様、さすがに近い、です」
「はは、珍しくライラの照れている顔が見れた」
「揶揄っているのですか?」
「違う」
ふわり、と私の後頭部に柔らかな感触と僅かな重み。見えないけれど、アシュレン様が頬を乗せている気がする。
「俺は腹黒だから、この状況が自分のせいだと責めるライラにつけいって抱きしめているだけだ。だからライラは諦めて眠れ」
「そんなこと……」
「ここに行くと最終的に決めたのは室長、山道は慣れている俺とマークが案内するのが当たり前。その上での事故だ。ライラに非はない」
「でも、私が足を滑らせなければこんな事にはならなかった」
「ライラが自分を責めているのはその暗い顔を見れば分かる」
回された腕にさらに力が篭る。
「でも今は俺につけいられた、寧ろ被害者だ。だからそんな顔するな。嫌でも朝まではこのままだと諦めるんだな」
耳元でくぐもった声がする。私は表情が表に出にくいだけで動揺だって戸惑いだって人並みにはしていて。だから今も心臓は早鐘のように鳴り響いている。
言葉だって、何て返せばいいのか浮かんでこないぐらいに混乱しているのだ。
だから沢山ある言いたい言葉からどうしてそれを選んだのか、自分でも分からない。
「嫌ではないです」
ポツリと呟いた声がやけに響く。アシュレン様の腕が微かにピクリとしたあと、「それなら良かった」と柔らかな声が聞こえた。
パチパチと爆ぜる焚き火を見ながら、私はいつの間にか目を閉じていた。
こんな状況なのに温もりと安堵に心地よささえ感じてしまう。
でもやっぱり熟睡はできなかったようで、夜中に何度か目を覚ました。
その度に近くに置いていた枝を手に取り、葉をむしってから焚き火に放り込む。葉は煙ばかり出てすぐに燃えてしまうし、下手したら燃えながら宙を舞うこともあるので、取ってから燃やすようにとアシュレン様が教えてくれた。
起きる度に、枝が私の記憶より減っているのは、アシュレン様も同じように火に焚べているからだと思う。もしかして私が枝を手にしている今も起きているのかも知れない。
声をかけようか、と思ってやめた。
寝ていたら起こしちゃうし、起きていても何と会話を続けて良いのか分からない。
私を抱きしめるこの腕に、どんな意味があるのか。
深い意味なんてないと、自分に言い聞かせるけれど、胸の奥がざわざわと落ち着かない。
落ち着かないのに、居心地はいい。
この温もりが愛おしいと思う。
傍にいてこれほどまでも安心できる人に今まで出会ったことがない。
多分、私は恋をしているんだ。
今回少し短めです。
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