雨と洞窟と真実5
空気に湿った土の匂いが混ざり始めると、間もなくポツポツと雨が降ってきた。
リュックから雨合羽を取り出し頭からすっぽり被ると同時にマーク様の手が私の荷物に伸びる。
「ライラ、悪いが歩く速さを早める。荷物は俺が持つので頑張ってくれ」
「はい、すみません」
「いや、俺が時間配分を間違えた。気にするな」
マーク様が軽々と私のリュックを左肩に掛ける。利き腕を空けておくのが騎士のやり方らしい。
「また岩場が続く。ライラ手を」
アシュレン様の手を握り、私達は早足で歩き始めた。それでも雲の方が動きが早く、まるで触手のようにこちらへと伸びてくる。
辺りが暗くなったと思うと、雨粒が大きくなり、あっという間に勢いを増す。しかし、周りは岩場、身を寄せる大木もなく吹きっさらしの中を歩くしかない。
風が強くなり、アシュレン様の手にもはやしがみつくように前に進む。私が行きたいと言い出したばかりに、と思うけれど、それを口にしても二人は「気にするな」というだけ。
それならせめて足手纏いにならないよう。
遅れないようにと、くらいつくように岩場をよじ登った。
大きな岩場を抜けると、拳大の石が続く道に出た。これはこれで歩きにくいけれど、先程よりはマシかも。でも、足元しか見ていない私に対し、二人は周りの状況もしっかり把握していた。
「予定より時間がかかっているな」
「もうすぐ日が沈む。村まであと一時間か」
「何、ここを抜ければ傾斜もマシになる。風もやんできたし、ランプも使えそうだ」
ランプには普通より大きな雨除けの上蓋が付いている。横殴りの雨には中に灯した炎も消えてしまうけれど、多少の雨なら使えるらしい。こういう専門的な道具も売っているから、フローラはあの店を選んだのね。
そのうち薄暗くなってきて、足元も悪いしランプを付けようということに。
アシュレン様から手を放し、ランプを片手に持って歩き出す。
転んだ時に咄嗟に対応できるように片手は空けておくようにと言われた。
あと少し。
それが張り詰めていた私の気持ちを少し緩ませた。
しかし、本当の災難とはそういう時にこそ起こるもの。
日が陰ってきた山の風景を見渡しながら踏み出した足の下で、積み重なった石がガタリとバランスを崩す。それに連られるようにして私の体が左に傾いた。
普段なら大した苦労もなく体勢を整えるのだけれど、ここまで続く山道にすっかり疲れ果てていた私の身体はそのままよろよろとタタラを踏む。
最悪なことに左は崖。私の身体はふわりと崖に向かって倒れていく。
自分でも、あっと思った。
実際口に出したかも。
アシュレン様が慌てて手を伸ばしてくれる。
その手が私に触れるも、時すでにおそしと私達は崖を滑り落ちていった。
耳元でゴロゴロと岩が転がる音がする。
身体中に衝撃が走るものの痛みは思ったより少なかった。
転がる身体が止まったところで、私はゆっくり目を開けた。
すると視界いっぱいにアシュレン様の服。
アシュレン様に抱き抱えられたまま顔を上に向けると、歪んだ口から「グゥッ」と苦しそうな声が漏れた。
「アシュレン様! 大丈夫ですか?」
「うっ、俺は、問題ない。ライラは?」
「アシュレン様のお陰で大きな怪我はありません」
手探りで落ちたランプを探し燐寸で火をつける。
私達を取り囲むように淡い光が周りを照らすも、周辺の闇の方が深く何も見えない。
転がり落ちた崖の方にランプを向ければ、予想以上に傾斜は大きく、これを登れるのかと不安になるほど。
さらに照らそうと、立ち上がったアシュレン様の身体がガクリと傾き膝をつく。
手は右足を押さえていた。
「失礼します」
靴を強引に脱がし、ランプで足首を照らせば赤く腫れていた。
「触ります」
そっと患部に触れるとアシュレン様が僅かに眉間に力を入れた。痛みはあるようだけれど骨折はしていない。
私達がいる場所は崖の中腹。僅かな平地に運良く止まっていて、すぐ横は崖下。川の水音が大きく響き、大声を出さなきゃ会話もできない。
私にはこの崖を登ることは出来ないし、足を痛めたアシュレン様も無理。どうしたらいいかと、崖を見上げているとゆらりと揺れるランプの灯りが見えた。
「けがは、ないか」
上下左右に動く灯りはアシュレン様に教えてもらったのと同じ動き。私はランプをアシュレン様の手から貰うと、立ち上がって灯りを揺らす。
「男性、怪我、足首」
「分かった、そっちに向かう」
単語でしかやりとりできない私をアシュレン様がフォローしてくれ、マーク様からの伝達を言葉にして教えてくれる。
「ライラ、マークには村に行って明日の朝助けを連れて来て貰おう。ここは足場が悪い。三人揃って共倒れになるのは避けたい」
「分かりました。そのように伝えますのでランプの動かし方を教えてください」
縦、斜め、丸、と言われるままに私はランプを動かす。どうやら意思は伝わったらしく、最後にマーク様の持つ灯りは大きな丸を描いた。
「アシュレン様、少しここにいてください。雨宿りできる場所がないか探してきます」
「それなら俺が」
「その足では無理です。ランプをお借りしますのでここでお待ちください」
止められると分かっているので、私は返事を聞くことなくその場を離れる。
木の下とか、雨風が防げて身体を休める場所が有ればいいのだけれど。
滑りやすい足元に気をつけて周りを照らしながら慎重に歩けば、運良く洞窟を見つけた。崖をくり抜いたようなその穴をランプで照らすと、中は意外と広い。
側面を手で触ると、岩壁はしっかりとしてこれなら崩れる心配もなさそうだ。
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