雨と洞窟と真実4
パチリ、と目を開け見えた天井に一瞬ここはどこかと思った。
そうか、昨晩はアシュレン様とマーク様を一階の酒場に残し、部屋に戻ったあと熟睡したのだと思い出す。
少し開けていた窓から、湿り気を帯びた風が入ってきた。
見える山は、今日も頂上が霞んでいる。
ギシリと軋むベッドから身体を起こし伸びを一つ。
決して立派とは言えない部屋だけれど、掃除は行き届いていた。
私は、椅子の上に干しておいた洗濯物を手に取る。宿に着いてすぐに裏の井戸で洗ったもので、すっかり乾いていた。乾きやすい素材って便利。
昨日のうちにリュックから取り出し、壁にかかるハンガーに掛けておいたベージュのシャツは、一晩で目立つ皺が消えていた。こちらも便利な素材ね。
カーキのトラウザーズを履き、髪は三つ編みにして帽子を目深に被る。
それから寝着をリュックに入れて準備は完璧だ。
階段を降りて一階に行くとアシュレン様とマーク様は入り口の近くのベンチに既に座っていた。
あれから何を話したのか知らないけれど、アシュレン様と私を交互に見るマーク様の目が生ぬるい。
「二日前の大雨でぬかるんでいる所もあるらしい。気をつけよう」
そう言うとアシュレン様は私の為に扉を開けてくれた。
普段からそういうところはきちんと紳士的で、別に珍しくもないはずなのに、何故か、アシュレン様から漂う空気が昨日までと変わっている気がした。
山道は始めは平坦だったにも関わらず、三十分も歩けば途端に傾斜が急になった。
それでもまだ序盤。これぐらい平気だと歩を進めていたのだけれど。
「はぁ、はぁ、……」
「ライラ、大丈夫か?」
「ええ、もちろん」
山の中腹辺りに差し掛かると、そこはごつごつとした岩場だった。
時にはよじ登る様にして進まなくてはいけなくて、私の体力は限界に。
アシュレン様が差し出してくれた手を握り、なんとか岩を乗り越える。その先には私の荷物を持つマーク様がひょいひょいと岩から岩へと飛び移っていた。
「あと少し歩いたら少し開けた場所に出るはず。アシュレン、俺は先に行って様子を見てくる」
「あぁ、頼む」
マーク様の背には、羽が生えているのではないでしょうか。
どうしてあんなに身軽に岩場を乗り越えられるの。
足の長さの違いも多少あるだろうし、岩をよじ登る腕力には大きな差があると思う。でも、自分ではもう少しできると思っていたのだ。それなのに。
よいしょと掛け声を掛けても持ち上がらない身体を、アシュレン様が引き上げてくれる。
「申し訳ございません」
「気にするな。体力差は仕方ない」
ほれ、と出された手に掴まり、引っ張られ、支えられ。私は何とか岩場を脱出した。
すると、突然ぽっかりと開けた場所に出た。
緑の平地がなだらかに続き、大木の下には木陰がある。
もちろん見渡す限り、なんて広さでは無いけれど、ずっと傾斜ばかり見てきたせいかほっとする。
大木の下で手を振るマーク様の元に向かい、木陰にペタリと座り込んだ。すると、マーク様が布製の水筒を私の頬にペタリと付ける。
「少し向こうに水場があった。飲み水は確保しておいたよ」
「ありがとうございます」
布水筒は二重になっていて、内側に水を通さない生地を縫い付けてある。飲み終わったあとはくるくる丸めて収納できる優れもの。
受け取った布水筒は冷たくて、私はそれをペタペタと頬や瞼に当てた。
「おい、マーク。俺のは」
「はいはい、ちゃんとあるよ。まったくこれくらいで目くじら立てるな」
マーク様は、ほいっと布水筒を投げると、やれやれといった感じで肩を竦めた。
お昼休憩は私のためにたっぷりと取ってくれた。
水を飲み、冷たい布で首や足首を冷やす。
それだけで随分体力は回復した。
「申し訳ありません、私、足手纏いですよね」
「気にするな。初めての山登り、これぐらい想定内だ」
「でもアシュレン様とマーク様だけならもう目的地に着いているはずです」
「着いたところでライラがいなくては意味がない。だからこれでいいんだよ」
アイスブルーの瞳が柔らかく細められる。
冷たくさえ見える色に安心するようになったのはいつからだろうか。
「おーい、二人とも。空模様が少し危うくなってきた。そろそろ出発したい」
少し離れた所で休んでいたマーク様が空を見上げる。つられるように見上げれば、遠くから黒い雲が近づいてきていた。
山の天気は変わりやすい、今更ながらそんな言葉が頭をよぎった。
天気が悪くなった描写のあとに、晴れることはまずない。雨が降ると何かが起きる確率が高まる。お約束ですね。
二話は夜に投稿します
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