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雨と洞窟と真実3

後半マーク視点になります


 出発の日は晴れだった。

 抜けるような真っ青な空の下、少し汗ばむほどの陽気。


 毛布と鍋とランプはアシュレン様が持ってくれ、それでも私の身体の三分の一ほどあるリュックはパンパンだ。髪は帽子が被りやすいように耳の下で二つに結ぶ。水筒は首から下げるものの他に、布製の嵩張らないものを念のためリュックに入れてある。よしっ、準備万端。


 護衛騎士はマーク様で、彼は私やアシュレン様以上の荷物を軽々と背負っていた。


「マーク様、宜しくお願いします」

「こちらこそ。俺のことは空気だと思って気にしなくていいから」


 爽やかな笑顔に意味深な言葉。でもこの人は私が単なる居候と知っているはずなのだけれど。  


「余計なこと言ってないで行くぞ」


 アシュレン様が否定も肯定もせず、顎で馬車を指す。馬車は普段の侯爵家の物ではなく、家紋の代わりに年季が入っている。要は、ちょっとボロい。でも、この方が盗賊に目をつけられないらしい。   


 見慣れた王都の景色が窓の外を流れていくのを眺めるうちに、馬車は砂利道に入り揺れが大きくなってきた。でも、座面は柔らかく衝撃は少ない。見た目はボロだけれど、乗り心地は侯爵家の馬車と変わらないように作られているとのこと。盗賊除けに手の込んだ馬車を作ってしまうのがお金持ち、らしい。


 私の隣にアシュレン様、向かいにマーク様が座る。

 二人は手元に剣を置きながらもリラックスして長い足を組み、時々雑談を交わす。

 その会話に私も時折加わりながら、旅の時間は予想以上に楽しいものになった。


 拍子抜けするぐらい順調に、私達の旅は進んだのだ。ここまでは。



 

 四日目。

 件の山の麓まで辿り着き宿をとった私達は、夕食後アシュレン様の部屋に集まり明日登る山道について確認をすることに。


 三階にあるアシュレン様の部屋からは、明日登る山が月明かりの下、朧げに見えた。

 昨日までの雨のせいで、その山頂は雲に隠れてはっきりと見えなくて、それがさらに山の大きさを表すようで、辿りつけるのかと不安がこみ上げてくる。


「向かうはルーベル村。一番短いルートはこれだけれど、ちょっと足場が良くないんだよな」


 部屋の端にある古びたテーブルに地図を広げ、マーク様は渋い顔で腕を組む。テーブルの上には琥珀色のお酒が入ったグラスが二つと、ティーカップがひとつ。


 馬車の時と同様私の隣に座るアシュレン様も、眉間に皺を寄せ地図を睨む。地図には線が幾つも書かれていて、その線の間隔が狭いほど傾斜が急らしい。


「他のルートは?」

「傾斜、距離ともに最適と思っていたルートは土砂崩れで埋まっているらしい。あとはこっちだが、これだと野宿確定」


 マーク様の指がぐるりと地図の上で弧を描く。大分迂回しながら登る道のよう。


「野宿は避けたいな。ライラ、最短ルートで行きたいが大丈夫か?」


 大丈夫、と聞かれたところで、はい、と答えられるだけの根拠は私にない。山に登ったことなんてないから、自分の限界を知らないのだ。そのことを素直にアシュレン様に伝えると、「だよなー」と難しい顔で頭を抱える。


「ま、俺がライラの荷物も背負って、アシュレンが手を引けばなんとかなるんじゃないか。別に役目は反対でもいいし」

「……護衛のお前の手が塞がるのは避けた方が良いだろ」

「俺に負けない腕を持っているのに?」


 ニヤリとマーク様が笑うのをアシュレン様はひと睨みしたあと、私に視線を向ける。


「どうする?」

「最短ルートで頑張ります」

「分かった。ではそうしよう」


 よし、とアシュレン様とマーク様は頷き合うと、どこで休憩をとるかとか、ここは要注意だな、と地図を見ながら確認し始めた。私も、できる限りルートを頭に入れていく。


「では、明日はその段取りで」


 アシュレン様がグラスを上げ、マーク様がそこにカチリと自分のグラスを合わせた。




▲▽▲▽▲▽▲


 打ち合わせも終わり、お休みなさい、と部屋を出るライラに続いて俺もアシュレンの部屋を出る。


 二つ向こうの部屋のドアノブに手をかけながら、俺にもお休みと声をかけようとするライラに、少し下で話をしないかと持ちかける。すると、戸惑いながらも頷いてくれた。


 別に下心なんてない。あのアシュレンにあそこまで甘い表情を浮かばせながら、全くそのことに気づいていないライラを歯痒く思っただけ。アシュレンは俺の親友。女嫌いが恋をしたとなれば、そこは援護すべきところ。決してこの状況を楽しんでいるわけではない。ニヤニヤ笑いを隠すのに苦労はしているが。


 一階の奥は小さなテーブルが並び、宿泊の受付をしたカウンターには、その時にはなかったお酒が並んでいる。宿泊客用のちょっとした酒場といったところだ。


 俺は果実水を二つ持って近くのテーブルに向かう。酒を飲む為だけの小さなテーブルの前には足の長い椅子。背の低いライラは少し苦労しながらそこに座った。こんな場所は初めてのようで、興味津々と周りを見回している。


 渡された夏蜜柑の果実水はお酒を入れるような細長いグラスに入っている。手に持つと、中で氷がカラリと小さく音を立てた。地下に氷室があるのがこの宿の売りらしい。


「それで、どうしたのですか?」


 アシュレンには見せない、少し警戒した顔。俺はわざとらしく肩を窄める。


「そんなに身構えないで。あの女嫌いのアシュレンが手元に置いているご令嬢がどんな人かと興味があっただけだから」


 ライラは丸い目をさらに丸くしたかと思うと、今度は眉間に力を入れる。


「ご存じかと思いますが、私はアシュレン様の恋人ではありませんよ」

「知っている。だが噂は中々消えないな」

「そうなんです。とはいえ、時々冷たい視線が飛んでくるぐらいで実害はありませんが」


 フローラあたりがうまく庇っているのか?

 いや違うな。ライラの横を歩くアシュレンの顔を見れば、皆諦めるしかないと悟ったのだろう。

 ライラは、と言えば根っからの研究者なのか恋愛沙汰には興味がないらしく、迷惑と思いつつも仕方ないと気にしていない様子。

 そこでふと思った。確かライラには婚約者がいたはずだと。そいつとはどうだったんだろう。


「そういえば、ライラには婚約者がいたんだよな。あっ、話したくなければ言わなくていいよ」

「いえ、特に話したくない、ということはないのですが」


 ちょっと手元の果実水を見たあと、それを一口飲み込む。


「話すことがない、というのが正しいのかも知れません」

「話せることがない、ではなくて」

「はい。思い出しても婚約者らしいことをして貰ったこともなくて。私、カーター様の好きな食べ物や色も知らないんですよね」


 そう言ったあと、向こうも同じだからお相子だと、少し寂しそうに笑った。


 その顔に、憂いはあっても未練はない。ただ悲しかった、それだけのようだ。


「ではアシュレンのことはどれぐらい知っている?」

「アシュレン様ですか?」


 戸惑いながら首を傾げるも、すぐに顔を上げた。


「綺麗な顔して結構腹黒じゃないですか? 人に見せない奥の手を常に持っていそうというか。でも、優しいです。いつも私を気遣ってくれているのが傍にいて分かります」


 何かを思い出したようにコロコロ笑うその顔は、とても幸せそうに見える。なるほど、鈍感なのは他人に対してだけでなく自分に対してもか。


「それをアシュレンに伝えたことは?」

「まさか」


 そうだよな。聞いていたらもっと強引にいくだろう。


「なるほど、よく分かった」

「何がですか?」

「いや、別に。これを飲んだら戻ろう。アシュレンに見つかったら半殺しにされる」

「フフ、まさかそんなことありませんよ」


 屈託なく笑う顔は初めて見た時よりもふっくらとして肌艶もよい。

 うん、これは半殺しではすまないな。実にまずい。


「いい話が聞けた」


 ありがとうと、グラスを上げたその向こう。歪んだ視界の先。首を傾げるライラの後ろに冷たい殺気を放つアシュレンが見えた。やばっ!

今、最後の方を書いています。このまま一日二話更新でいけそうです。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、続きが気になる方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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