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【書籍化、コミカライズ】虐げられた秀才令嬢と隣国の腹黒研究者様の甘やかな薬草実験室  作者: 琴乃葉
第1章

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雨と洞窟と真実2

本日一話目


 現地調査に行ける、というだけで私は浮足だっている。ジルギスタ国ではどれだけ願っても行けなかったことが、こんなにあっさり許可されるなんて。しかも、行っても無駄足に終わる可能性が高いのに。


 あまりに楽しみすぎて、出発の一週間以上前から荷造りをし始めたことをフローラに話すと、「えっ」と驚いたあと、眉を顰めて腕を組み、荷物を確認すると言われてしまった。


 休みの日、わざわざナトゥリ侯爵家の別邸に来てくれたフローラは、私がリュックに詰めた荷物を全部床に広げると、大きなため息をついた。そして自分が持ってきた大きな鞄をごそごそすると、中からなにやら取り出す。


「ライラ、これとこれも持って行って。それから、これは要らないわ」


 雨合羽と帽子を追加され、傘をポイと隅に避けられた。

 それから、と無造作に広げ置かれたワンピースを手に呆れ顔。


「こんな服で山登りはできないわ。山賊も出るかも知れない峠を行くなら、見た目は男性っぽくした方が安全よ」

「そうなのね。そんなこと思い付きもしなかったわ。でも、どうしましょう、私男装できる服なんて持ってない」

「王都に、女性用のトラウザーズを扱っているお店があるの。女性騎士服や女性用の作業着も扱っているからそこに行けばあるわ」


 いつ頃からかフローラとは親しい口調で話すようになっていた。頼れるお姉さんはいつも私を気にかけてくれる。


 場所を聞けば行ったことのある大通りから少し路地に入ったところだった。そんなところにあったのね。


 地図を買いに行ったり図書館に行ったり。

 私の行動範囲は確実に広がっている。

 今では、仕事場と家の往復しかしていなかったジルギスタ国の王都よりカニスタ国の方が詳しいほど。


「うーん、でもライラは現地調査に行ったことがないから何が必要か分からないでしょうし。そうだ、良かったら今から一緒に買いに行かない?」

「いいの? 迷惑じゃない?」

「私も鞄を新調したかったからちょうどいいわ」


 フローラが一緒なら心強い。

 では、ということで私達は街へ繰り出すことに。




 カニスタ王都は小さな街。馬車で行くこともできるけれど、天気も良いので歩くことに。


 ナトゥリ侯爵邸を出て大通りを歩き、細い道を幾度か曲がった先に目当てのお店はあった。渋い茶色の屋根に青く塗られた壁。可愛さは、ない。それが何だか気に入った。


 カランとドアベルが少しくぐもった音を鳴らすと、奥から恰幅のいい四十代の女性が出てきた。この店の店主らしい。


「いらっしゃい、フローラ。今日は何を探しているの?」

「久しぶり、セーリ。こちら新しく研究室に入ったライラ。初めて現地調査に行くから一通り必要なものを見繕って欲しいの」

「それじゃ、彼女が噂の? 話は主人から聞いているわ」


 噂、とは。怪訝な顔をする私にフローラは、セーリのご主人は騎士団に入団していると教えてくれた。 

 私を見て、ふふ、と含み笑いをするセーリを見れば、どんな噂か容易に想像できてしまう。

 

「とりあえず採寸をするからこちらに。あらあら、小柄なお嬢さんね。沢山の荷物は背負えなさそうだから最低限にしましょうか」

「いいえ、必要な物は全て用意して。多分重い物はアシュレン様が持ってくれるはずだから」

「そうね、じゃ一式揃えるわ」


 ポンと肩を叩かれて、私は苦笑いを浮かべるしかない。否定してもいいけれど、居候している間は虫除けになるって約束したし。


 セーリは壁の棚から数枚の服を取り出し、次々と机に並べていく。


「サイズの合う服を見繕ったからここから選んでくれる? 私は他に必要な物を取ってくるから」


 そういうと、いそいそと店の奥に消えて行った。


「フローラ、何枚ぐらい必要かしら?」

「そうね。夏だし一枚は着て、着替えは二枚ってとこかしら。宿に泊まるなら洗濯もできるし、この季節すぐに乾くわ。それから、シャツは半袖でいいけれど、日焼けと虫除けも兼ねて長袖の上着も必要ね」


 はいはい、と手渡してくれる洋服は、普段は着ないカーキやベージュ色。男装も兼ねるのでピンクやオレンジは却下だ。トラウザーズは草むらを歩くことを考えて、くるぶしまでしっかり隠れる丈のものを選ぶ。


「可愛げのない色だけれど我慢してね。でもね、ここの服は袖とか襟にちょっと刺繍がしてあるの」

「あ、本当ね。蔦に花、こちらは鳥かしら」


 赤や黄色、鮮やかな緑で描かれた刺繍がこの店の特徴らしい。ちょっとしたワンポイントが令嬢受けがいいとか。あと、どれも皺になりにくく乾きやすい素材でできていると教えてくれた。


「フローラ、一通り持ってきたよ」


 セーリが両手いっぱいのあれやこれを向かいの机にどかりと置く。


「雨合羽と帽子、ロープにマッチ、それから鍋があれば料理ができるし、こっちは皿とスプーンとフォーク。短剣も念のため。野宿はするのかい?」

「雨合羽と帽子はいいわ。それから野宿はアシュレン様がさせないと思う」

「そうかい、でも毛布一枚ぐらいは持っておいき。夜は冷えるからね、これは薄いけど暖かいよ」


 フローラとセーリがこれもこれもと選んでいくのを、私はちょっと離れた場所から呆然と見ていた。

 あれだけの量が入ったリュック、背負えるかな?

 思わず自分の腕を触ってしまう。


「とりあえずこんなところかしら。セーリ、これが入るリュックをお願い」

「それならこれでどうだい? ちょっと小さいかもしれないけれどお嬢さんにはこれが限界だろうし、入らないのはアシュレン様が持ってくださるんだろう?」


 私はぎこちない動作でコクリと頷く。

 アシュレン様の許可は取っていないけれど、全部は持てそうにない。


「鍛えなきゃ」


 今からでは遅いかも知れないけれど、しないよりはマシでしょう。ぐっと、決意を固める私をフローラが優しく目を細め見ていた。

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