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閑話 ジルギスタ国2

久々のジルギスタ国のお話


 ライラが研究室を辞め四か月。


 カーターは夜会を立ち去るライラを見ながらも、明日には頭を下げ謝ってくるだろうと思っていた。

 どうせ意地を張っているだけだろうと。

 地味で目立たず、勉強しか取り柄のない女が一人で異国で暮らせるはずがない。

 たとえ婚約を破棄され代わりに妹と婚約されたとしても、ここしか居場所がないのだと高を括っていた。


 しかし、退職届は提出された。

 それもアシュレンの手から第二王子へと。


 自分の知らないところで話が終わっていることに、カーターの高いプライドは多少なりとも傷ついた。

 しかし、すでに決まった話。清々したという顔で「分かりました」と答えるしかない。

 新しい補佐官も手配してくれるというのだから、特に困ることもないだろうと考えた。

 しかも補佐官は男性。女のライラよりずっと使えるやつだろう。

 それならもっと仕事の時間を減らしアイシャと会う時間を作れると、自分に都合のよい青写真を思い描いてさえいた。


 しかし、ことはそううまくは運ばない。


 配属された補佐官に薬草の知識はほとんどなかった。

 それもそのはず、第二王子は「ライラの代わり」の補佐官を寄越したのだ。

 確かに彼は、「仕事の要領が悪く足手まといで自己主張が強い」人間より仕事はできた。

 

 書類を纏めろと言えば素直に従う。しかし、要領が良いはずなのにライラの数倍の時間がかかった。

 この薬草を準備しろ、と言えば本を片手に用意する。しかし、ライラと異なり下準備まで万全とはいかない。


 雑用はそつなくこなすがそれしかできない。


 カーターはどうしてこんな使えない人間を寄越したのかと悪態をつき、補佐官に当たり散らした。


 カーターの机の上には向こう側が見えないほどの書類が積まれている。

 そのうちのいくつかはアイシャに渡した。渡した書類は数日机に放置されたのち、綺麗になくなっているので、アイシャが書類仕事をしたのち然るべき部署に提出したと思っていた。

 ちょっと考えれば、アイシャが書類を読んでいる姿を見たことがないことに気付くはずが、残念ながらカーターにその余裕はなかった。


 それに毎朝、製薬課の人間が薬草の乾燥時間を聞きに来るのも煩わしい。

 以前はライラが対応していたが、そもそも乾燥なんて適当に干しておけばいいと考えている。


 ライラが作った薬草の乾燥時間を導く計算式は全く理解できず、そのままカーターの頭から消え去っていた。もはやそんな物が存在していたことすら忘れている。


 とにかくライラがしていた仕事なら、と製薬課への対応はアイシャに任せることにした。

 機転が利き、可愛いアイシャなら、よりうまくやってくれるだろうと期待もこめて。

 しかしだ。



「カーター様、薬草の乾燥時間ですが、本当にこれで良いのですか?」


 額に青筋を立てた製薬課の責任者が、アイシャが渡したメモをくしゃりと握りしめながら、カーターに詰め寄ってきた。


「もちろん。それで間違いない」


 アイシャに任せたのだから問題ない、そもそも乾燥時間なんて大したことない、と考えるカーターは突きつけられたしわくちゃのメモを見ようともしない。


 その対応にますます眉を吊り上げた責任者は、数枚のメモを机に並べた。


「これはこの一週間分のメモです。ご覧になって違和感はございませんか?」


 見ろ、と言われカーターは億劫そうにそのメモに視線を落とす。

 当然計算式など書いていない。ただ乾燥する時間を書いているだけで何の変哲もない。

 だからこそ、見ろ、と言われても意味が分からない。


「これがどうしたのだ?」

「……確認しますが、乾燥時間を考えたのはカーター様ですよね」


 思わずアイシャだと言い掛けて、カーターは口を結ぶ。

 そして、悠然と責任者を見上げた。


「もちろんそうだ」

「では説明してください」


 そこまで言われてもカーターは何を説明すればよいか分からない。

 なにせメモには何時間何分、としか書いていないのだから。

 黙ったままのカーターにしびれを切らせたのか、責任者の語気が一層強まった。


「一週間でこれほど乾燥時間に違いがある理由を教えてください。ちなみにこの一週間、気温は大きく変わりませんし雨も降っていません」


 そう言われ、やっと質問の意図に気付いたカーターは改めてメモを見た。

 確かに時間はてんでバラバラ。一番長いもので十時間、短くて三時間。同じ薬草にもかかわらずその差七時間。


 これにはさすがのカーターもおかしいと思った。

 適当に乾燥させればよいと思っていたものの、七時間は差がありすぎだろうと。


「ライラ様がいらした時はこのようなことはありませんでした。これはどういうことでしょうか?」


 ライラはどうやって乾燥時間を出していたのか、考えてそこでやっと計算式の存在を思い出した。

 もちろん式なんて覚えていない。でもそれをもとに乾燥時間を出していたような、気がする。


「そ、れは、だな。……以前も乾燥時間は計算式によって出していたのだが、その式を新しいものに変えたのだ。より精密なものに」

「計算式の存在については初めて聞きましたが」

「そうか? だがそういうことだ。だからこれで間違っていない」


 しわくちゃのメモをぐちゃりと纏めると、カーターは近くのごみ箱にそれを投げ入れた。

 責任者はまだ何か言いたげだったが、渋々ながら帰っていった。

 ジルギスタ国においてカーターの実績は折り紙付き。ゆえに反論できなかったのだ。


 

 バタリと扉が閉まり、足音が遠ざかっていくのを確認してからカーターはアイシャのもとに駆け寄った。


「アイシャ! 薬草の乾燥時間はどう計算しているんだ!?」


 その荒い声にアイシャは眉を顰めながらも、ライラの机を指さす。


「おねえさまの机に残っていたメモを見て数字を書き写し渡しましたよ?」

「書き写す? 計算しなかったのか?」

「計算?」


 ことり、と首を傾け戸惑うような笑みをアイシャは浮かべた。

 自分が不安そうに笑えば、それ以上追及されることも怒られることもないことを、アイシャは良く知っている。少し目を潤ませれば完璧だ。


 しかし今回ばかりはカーターは頭を抱えた。何のメモかも分からないのに、そこに書かれていた数字を適当に書き写して渡すなど、いったいこの女の頭の中はどうなっているのだろう、と初めて思った。

 


 そうこうするうちに再び扉を叩く音が。

 補佐官が対応すると、扉の向こうから荒々しい怒声が聞こえていた。

 アイシャはその声を聞くなり、そっと隣の部屋に逃げるように姿を消した。


 半分だけ開けられた扉を、強引に開け体格の良い男が薬草研究所に入ってきた。乱入といったほうが良いかもしれない。


「これは騎士団からの苦情文だ」


 男は机にそれを叩きつけた。その勢い、机が真っ二つに割れるかと思うほど。


「苦情文とは……」

「最近の薬は明らかにおかしい。発疹が出た、痒みが酷い、服用したら下痢をした、吐き気が止まらないととにかく酷い」

「それは製薬課の責任だろう」

「無論そっちにも今行ってきた。しかし、奴らは薬の質が落ちているのは薬草研究所のせいだと言ったのだ」


 とんだとばっちりだとカーターは眉を吊り上げる。

 しかし、巨体の騎士に文句を言える度胸はない。


 騎士は、「俺達は身体が資本なんだ、次はないと思え」と吐き捨て、扉が壊れるのではと思う勢いで閉めると立ち去っていった。

お読み頂きありがとうございます。

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